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海外文献紹介

The central governor model of exercise regulation applied to the marathon.
Noakes,T.D
Sports Med.vol.37,no.4-5:374-7,2007
PMID=17465612

文献リンク

【要約】 運動中のパフォーマンスを規定するモデルとして二つのものが考えられている。一つは化学因子が活動筋に、今一つは脳に作用し、それぞれが「末梢疲労」および「中枢疲労」を起こす。しかし両モデルとも、人はこれから起こることを予測し、その予測に基づいて運動を修正するという生体反応を想定していない。末梢モデルでは、生体機能に一つ以上の致命的な破綻が起き、また運動単位が全て動員された状態ではじめて運動停止が起こることを前提としている。しかし実際のマラソンレースをみると、ランナーたちはスタート時点からある「予測」を立てて、すなわち環境条件の違いやコースの難易度に応じて、あるいはラストではペースを上げられるようにと、さまざまにペース設定をして走っていることがわかる。またマラソンランナーは、作業筋の運動単位が全て動員され、生体の恒常性が致命的に破綻し完全に疲労しきった状態でゴールすることはない。その理由は、生物としての危険回避がはたらくからで、中枢(脳)神経系は危険回避のためにマラソンのパフォーマンスを「ある予測」をもって制限しているからだ、という説明が最もあたっているだろう。

【解説】 本欄の第一号で、豊岡先生は東アフリカランナーの特徴を論じた文献を取り上げ、その中でNoakes(今回紹介する文献の著者)の論評を紹介している。Noakesによれば東アフリカランナーの強さの秘密は「脳」にある、ということだった。

本欄で紹介する論文は、まさにマラソンを題材にランナーの能力(パフォーマンス)と脳の関係をより具体的に解説した総説である。本欄では要約のみを掲載したが、比較的短い総説なので全文の一読をお勧めする。

パフォーマンスに対して、脳はどのような役割をはたすのか。Noakesは従来の末梢疲労の概念を根底からくつがえし、セントラルガバナーモデルを提唱してこのことを解き明かした。まず末梢モデルでは、心臓は十分な酸素を活動筋へ供給できなくなり、活動筋は酸素の不足した状態となる。その結果、乳酸をはじめとする代謝物質が蓄積し、筋肉内のpHは低下し、酵素活性が阻害され代謝が制限される。

あるいは、マラソンのような長時間の運動なら、筋グリコーゲンが枯渇し運動継続が不可能となる。これが、パフォーマンスを規定する従来の生理学的説明であった。しかしこの説明からすると、心臓自身もみずからに送り出している冠動脈血が不足し心筋虚血に陥る。また、作業筋はエネルギー枯渇で硬直してしまう。もちろん、要約にも説明されているとおり、ランナーがそのような致命的な状態に陥ることはほとんどない。

この矛盾に対しNoakesは、ある予測を立てて末梢の事情を統括している中枢機能すなわちセントラルガバナーを提唱したのである。最大運動時であっても、セントラルガバナーは心臓虚血や筋硬直を未然に回避するように筋への司令を調整している。したがって、運動単位がすべて動員されることはなく、競技者が最大努力をしても決して致命的な状態まで追い込むことがないのである。

本論文の要旨を二つにまとめるとするなら、1)パフォーマンスは脳によって決定される、2)トレーニング効果は脳に生じる、ということになろう。

(財団法人日本体育協会スポーツ科学研究室 伊藤静夫)