学会活動

海外文献紹介

Estimation of the Lactate Threshold from Heart Rate Response to Submaximal Exercise: The Pulse Deficit.
B. T. Roseguini, F. Narro, A. R. Oliveira and J.P. Ribeiro
Int. J. Sports Med. 28:463-469. 2007

文献リンク

最大下運動時の心拍反応からの乳酸性閾値の推測:脈拍借

【要約】乳酸閾値1(LT1)推定の非侵襲的な指標として、脈伯借(PD)が妥当かどうか、持久力水準の異なる健常者を対象として検討した。男性3群が実験に参加した。座業者(不活発な人)15人(Sedentary)、体育学生14人(Active)、競技選手13人(Athlete)であった。被検者は、自転車エルゴメーターでの漸増式最大運動を行い、乳酸閾値1、乳酸閾値2(LT2)、最大仕事率を測定した。別の日に、最大運動時の各段階に相当する負荷での8分間固定負荷運動を行い、PDを測定した。PDは、各運動の後半4分間の総心拍数から、前半4分間の総心拍数を減じて求めた。運動時の血中乳酸、心拍数、PDは、3群とも同様の反応を示した。

LT1までの負荷では、PDは有意な変化は示さなかった。3群とも、LT1よりすぐ上の負荷で、PDが急激な上昇を示した。安静値から最大下運動4分目までの血中乳酸の変化量とPDとの間に有意な相関が認められた(r=0.83, P <0.05)。固定負荷運動でPDが急激な上昇を示す負荷強度(112±38W)と漸増負荷運動でLT1に相当する負荷強度(111±37W, P=0.323)は近似しており、非常に強い相関が認められた(r=0.99, P<0.0001)。PDのcut-pointを絶対値で25拍とすると、LT1の検出にsensitivity100%, specificity95%, 予測値90%であった。PDを測定することによって、体力水準の異なる健常な若年男性のLT1を非侵襲的に正確に推測することが出来る。8分間固定運動を1回行うだけで、その運動がLT1より上か下かが分かる。

【キーワード】有酸素性閾値、無酸素性閾値、血中乳酸、体力

【解説】最大下運動時の脈拍の経時変化から乳酸閾値を高い精度で推定できると言う意味で、生理学的な知見としてよりも、実用性のきわめて高い研究成果といえよう。

まず、乳酸閾値の意義から考えよう。全身持久性の評価尺度としては、最大酸素摂取量と無酸素性作業閾値(乳酸閾値)があるが、長距離ランニングを考えた場合、後者の方が有用である。最大酸素摂取量は、漸増負荷運動を行った後、そのまま引続きexhaustionまで負荷を上げていって測定されることが多いが、もともとは、数段階の最大下負荷運動から、最大作業能力を推定し、負荷を推測して、一定強度の運動で最大酸素摂取量を測定していた。すなわち、最大酸素摂取量が得られるのは、5~8分でexhaustionに至るような運動であり、ランニングで言えば1500mから3000mの全力走に相当する。

一方、乳酸閾値は、エネルギー源が枯渇しなければ、長時間に亘って運動を継続できるレベルであるので、ハーフマラソンやフルマラソンのパフォーマンスとの相関を見ると、乳酸閾値の方が最大酸素摂取量より高いのは当然である。したがって、乳酸閾値を知ることはトレーニングの強度設定や、レースでのペース設定に有用である。

乳酸閾値を知るには、多段階運動時に採血を行えばよいのであるが、一般ランナーが行うには、採血が障壁となる。また、呼気を採集して、換気性閾値を測る方法もあるが、やはり専門的な機器が必要となる。心拍数に収縮期血圧を乗じた値をDouble Productと言い、漸増負荷運動時にDouble Productを測定すると、Breaking Pointが得られ、そのBreaking Pointが乳酸閾値に相当するとも言われるが、やはり専門的な機器が必要である。漸増負荷運動時に心拍数を測定すると、やはりBreaking Point(Heart Rate Threshold=HRT)が得られると言われるが、本研究の著者も指摘するように、HRTは、Onset of Blood Lactate Accumulation=OBLA)に近い値を示し、実用性が高いとは言えない。

一方、無酸素性作業能力の尺度として、酸素借(Oxygen Deficit)がある。主に高強度の運動を行い、本来その強度の運動に必要と考えられる酸素量(酸素需要量)と実際に運動中に摂取された酸素量(酸素摂取量)の差を酸素借と呼んでいる。強度の高い運動を行って、酸素借の最大値を無酸素性能力の尺度(Anaerobic Capacity)としている。本研究で用いられている脈拍借(Pulse Deficit=PD)は、酸素借の考え方を借用したものと言えるだろう。8分間の運動の後半4分間の脈拍数は、本来その運動強度に見合う脈拍数であり、前半の4分間は脈拍の借金状態が生じていると考えている。

最大下運動をランダムに多段階行った後、強度ごとにPDを並べてみると、PDが急峻に変化するPointがあり、PDが急峻な変化を示す要因や、乳酸閾値ときわめて近い値を示す原因については、自律神経系の関与などで考察されている。

そして、PDが急峻に変化するPoint、強度的に見ても、心拍レベルでみても、漸増負荷運動で得られる乳酸閾値ときわめて近い値であったというのが、本研究の要点であろう。そして、8分間の一定負荷運動を行い、前半4分の総心拍数と後半4分の総心拍数を比較して、差が25拍以内なら乳酸閾値以下、25拍以上なら乳酸閾値以上と断定できるとしている。

クリアーである。結果を実践に生かすのは容易である。遅いランナーなら1000m、速いランナーなら2000m程度を、心拍計をつけて、出来るだけ一定速度で走り、前半と後半の平均心拍数を比較すればよい。4分で25拍であるから、1分値で6拍程度である。ある速さより僅かに遅い場合と僅かに速い場合で、前半と後半の心拍に大きな差があれば、そこが乳酸閾値と見て、トレーニングやレースでの目標ペース、目標心拍数を設定できる。

(横浜市スポーツ医科学センター 藤牧利昭)