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ランニング・カフェ

ランニングに直結する内容、ランニングに示唆を与えるスポーツ科学の内容のエッセイを掲載していきます。

記事一覧

第26話 「駅伝誕生100年」②

有吉正博(ランニング学会元会長)

前話では、駅伝の原点となった丁度100年前の「東海道駅伝徒歩競走」の誕生とその概略について紹介したが、ここではそのレース経過とそのレースを走った人、またレースに関わった人たちについていくつか紹介したい。


第25話 「駅伝誕生100年」①

有吉正博(ランニング学会元会長)

本年(2017年)4月29日、京都三条大橋東詰にて、「駅伝発祥100年記念碑建立除幕式」(京都陸上競技協会主催)が行われた。1917年(大正6年)4月27日―29日、京都三条大橋から東京上野不忍池まで、日本で最初の駅伝競走、「遷都記念・東海道駅伝徒歩競走」が開催(読売新聞社主催)されてから丁度100年を記念し、記念碑が建立された。


第24話 モニタリングの実際と問題

山地啓司(初代ランニング学会会長)

第8話の「スポーツ科学の可能性と限界」で、1991年カナダの医師ギヤットが医療現場の医療ミスや医療過誤防止のために、科学的根拠に基づく医療の必要性を唱え、それが医療現場だけでなく、裁判の在り方やスポーツの指導法にまで反映される時代が来たことを述べた。


第23話 言語的コミュニケーションと非言的コミュニケーション

山地啓司(初代ランニング学会会長)

運動生理学の分野では、科学的手法で得られた客観的データ(数値)を統計的に処理し、結論を導き出す。さらに、多くの人に理解・応用してもらうために、他の研究者の研究結果と合わせて考察して客観的データを基に、言語や図表を用いて説明する。


第22話 運動と寿命

山地啓司(初代ランニング学会会長)

ギリシャ時代の哲学者ヒポクラテスは「運動を行うと短命になる」と言った。この考えは19世紀の末期まで信じられてきた。ところが、この説が実態と異なると感じたイギリスの医師モルガン(Morgan, 1873)は、1829~1867年までの39年間オックスフォード大学とケンブリッジ大学のボート対抗戦に出場した294名について追跡調査を行った。


第21話 もうひとつの心臓の話

山地啓司(初代ランニング学会会長)

夜中我々が寝ている間も心臓は休みなく働き続けている。正確には休みながら断続的に働いている。というのは、心電図にはPQRSTと符合が打たれているが、T波が終了してから次のP波が現れるまで(心臓が収縮を終えてから次に始めるまで)心臓は休んでいることになるからである。


第20話 予測・予知(読み)とスポーツ

山地啓司(初代ランニング学会会長)

反応時間は一般に、電燈がついたら(刺激)できるだけ早くジャンプ(反応)し、その間の速さで測定される。その伝達経路は、電燈がつくと目の網膜にある光の受容器でインパルスが発生し、インパルスが感覚神経を経由して大脳に知らせる。


第19話 現代は正確に「測る」ことがむずかしくなった

山地啓司(初代ランニング学会会長)

今日の科学技術の進歩は著しい。かつて自動車はボンネットを挙げると機器の間から大地が見えた。それだけ車の構造がよく見え、車の原理がよく理解できた。カナダに住んでいる頃、運転免許を取りポンコツ車を買ったが、車検のない国だからしばしば故障した。


第18話 ホットハンドとホットレッグ

山地啓司(初代ランニング学会会長)

バスケットボールに“ホットハンド(hot hand)”と呼ばれるものがある。ホットハンドとは、試合中や練習中に神懸かりしたようにゴールを繰り返して決めるような時に使われる言葉である。正に“絶好調”と言う感じである。


第17話 心身はゆらいでいる(2)~パフォーマンス(記録)~

山地啓司(初代ランニング学会会長)

前回述べたように、心身には小さなゆらぎと大きなゆらぎがある。その中でスポーツのパフォーマンス(記録)を左右するのは大きなゆらぎである。


第16話 心身はゆらいでいる(1)

山地啓司(初代ランニング学会会長)

科学に求められる再現性は変動係数によって統計的に明らかにされ、それは標準偏差(SD)を平均値で割った商で求められる。物質科学の再現性は限りなく100%に近い。それに対して生命科学の再現性は80~90%以上であれば大方認められる範囲である。その主な原因は生体が環境の影響を受け絶えず揺れ動いているからである。


第15話 マラソンの集団形成のメリットとデメリット

山地啓司(初代ランニング学会会長)

1990年代に入ると東アフリカの高所民族と呼ばれるケニアやエチオピアのランナーの一攫千金を狙ったマラソンへの挑戦が始まったことから、これまでの安定したサバイバル(生き残り)レースが様変わりした。


第14話 身体(用)語

山地啓司(初代ランニング学会会長)

私の学期最初の「体育講義」は骨の話をすることにしている。骨が豊かと書いて、體(からだ)と書くように、骨は人体の正に屋台骨として各組織を支え護り、しかも、栄養や酸素を運ぶ血液をつくる工場として重要な働きをしているためである。


第13話 細胞分裂間に早い遅いがあるのか?

山地啓司(初代ランニング学会会長)

ヒトのからだは60兆個の細胞で形成されている。一個の細胞が分裂して2個の細胞になる。分裂前からある細胞を母細胞、分裂後にできた細胞を娘細胞というが、元の母細胞はしばらくすると死滅する。新しい細胞の娘細胞は母細胞と同じ機能を有し同じ働きをするため、からだは特別変調をきたさず、からだを形成している総細胞数も変わらない。


第12話 鉄は熱いうちに打て!

山地啓司(初代ランニング学会会長)

新聞に、ある家庭科の先生の授業であった話が掲載されていた。お菓子つくりの授業が終わりに近づき、「お茶でも飲みましょう」と生徒にお湯を沸かすよう指示すると、「湯沸かし器はどこにあるのですか?」「やかんに水を入れて沸かしなさい。」人数を全然考慮しないでやかん一杯に水を入れ、沸きはじめると、「温度計はどこにあるのですか?」と聞く。日本人の感性はどこへ行ったのでしょうか、と。


第11話 高所トレーニングの現在

山地啓司(初代ランニング学会会長)

低地民族にとって高所トレーニングの最大の弱点は、低所(sea level)で開催されるレースに必要な高強度のスピードのトレーニングが不足することである。


第10話 ペースメーカーの存在は世界記録を出にくくしている

山地啓司(初代ランニング学会会長)

1980年代に大都市でのマラソン大会が各地で実施されるようになると、開催地の都市同士がマラソン大会の価値なり評価を高めるためにより良い記録を競い合う形で、賞金レースとペースメーカーが誕生するようになった。さらに、今世紀に入るとトラックの長距離種目にもペースメーカーがつくようになった。


第9話 ドーピングは科学の冒涜である

山地啓司(初代ランニング学会会長)

2014年8月英国の新聞サンデー・タイムズは世界の陸上界に蔓延するドーピング疑惑の現状、特にロシアのスポーツ界では組織的にドーピングが行われている実態を糾弾した。その報道はリオ五輪を来年に控えて、世界のスポーツ界を揺るがすまでに発展している。


第8話 スポーツ科学の可能性と限界

山地啓司(初代ランニング学会会長)

現在は科学(サイエンス)や科学技術(テクノロジー)が加速的に進歩を遂げ、科学万能時代到来の観さえある。今日の医科学的成果の応用にはいくつかのターニングポイントがあるが、最近では1991年カナダの医師ギヤットがこれからの医療の指針である“科学的根拠に基づく医療”(evidence based medicine)を提唱したことがその1つである。


第7話 伸張‐短縮サイクル(Stretch-Shortening Cycle; SSC)のトレーニング

山地啓司(初代ランニング学会会長)

1964年イタリアのカバーニャは、筋肉の短縮性収縮直前の伸張性収縮が、弾性エネルギーの利用を引き起こすことを明らかにした。


第6話 スポーツは感性を磨く

山地啓司(初代ランニング学会会長)

先日文部科学省から全国小中高校などのいじめに関する2014年の調査が発表され、現場の先生方や教育関係者の努力にもかかわらず、一向に減らない事態が浮き彫りになった。


第5話 呼吸筋のトレーニングの必要性

山地啓司(初代ランニング学会会長)

1923年アメリカのゴルドンらはボストンマラソン直後のランナーの努力性肺活量が17%低下するのを、また、スイスのハグらは(1928;1929)2回のスイスマラソンで調査を行いそれぞれ16%と18%の低下を認めた。


第4話 頑張るこころと頑張れるからだ

山地啓司(初代ランニング学会会長)

体力を測る時、暗黙の了解として“全力を出し切る”ことが求められる。しかし本当に全力を出し切っているかを確かめる手立てはない。


第3話 ケニア選手が強いもう1つの理由

山地啓司(初代ランニング学会会長)

類人猿とヒトの最も古い祖先(ホモ・エレクトス)の比較から、人類は歩行や走行に都合のいいからだに進化してきたことが2004年BrambleとLieberman(Nature誌)によって発表された。それ以降人類学の分野でさらに興味深い研究が報告されている。それらを加味して、ケニア人の歴史的発育・発達や伝統的生活習慣からみたケニア選手の強さの秘密をもう一度見てみよう。


第2話 欧米人は伸筋を、日本人は屈筋を多用する

山地啓司(初代ランニング学会会長)

近頃の若い女性の歩き方が素晴らしく美しくなってきた。脚が伸びたこともあるがハイヒールも上手に履きこなしている。文化人類学の野村雅一は『しぐさの世界』で、明治初期の日本の民衆(私が思うに多分に農民の姿であろう)の伝統的姿勢を次のように述べている。


第1話 東アフリカ人の長距離・マラソンの強さの秘密を探る

山地啓司(初代ランニング学会会長)

今から約30年前の1986年には男子の800mからマラソン(3,000m障害も含む)で世界トップ20(1~20位)を占める割合はヨーロッパのランナーが48.3%に対して東アフリカ人が26.6%(ケニアに限定すると13.3%)であったが、17年後の2003年ではヨーロッパ人が占める割合は11.7%と激減し、それに対して東アフリカ人は85%(ケニア人が55.8%)と驚異的な伸びを示した。