学会活動

ランニング・カフェ

第7話 伸張‐短縮サイクル(Stretch-Shortening Cycle; SSC)のトレーニング

山地啓司(初代ランニング学会会長)

1964年イタリアのカバーニャは、筋肉の短縮性収縮直前の伸張性収縮が、弾性エネルギーの利用を引き起こすことを明らかにした。その後、フィンランドのコミの研究グループがランニングの際にも弾性エネルギーの巧みな利用が重要であることを実証し、今日各種のスポーツ分野でSSCトレーニングが実施されている。

SSCを感覚的に捉える例には、立位姿勢から椅子に腰を下ろし、間髪をおかずに立ちあがると簡単に立つことができるが、腰を下ろし一呼吸おいてから立ち上がろうとすると容易に立つことができない。前者の動作は俗に「反動動作」を使ったといわれるが、学問的には「弾性エネルギーを有効に利用した」と説明される。上記の動作を筋肉の収縮の働きからみると、膝上の前面の筋肉である大腿四頭筋が伸ばされながら椅子に腰かけ、立ち上がる際には同じ大腿四頭筋を収縮させている。すなわち、腰かける時大腿四頭筋がまず伸ばされ、立ち上がる時はその反動を利用して収縮することになる。これを伸張‐短縮サイクル(SSC)と言い、弾性エネルギーを生むことになる。ただし、腰かけて一呼吸を置くとその反動を使えなくなり立ち上がるのが困難になる。

SSCはランニング時にも使われる。大腿四頭筋は着地後、膝の屈曲によって伸ばされ、重心が支持脚の真上(鉛直)を通過する頃から今度は大腿四頭筋が収縮し始める。すなわち、大腿四頭筋は着地後に伸ばされて弾性エネルギーを蓄え、重心が支持脚の真上を通過すると同時に蓄えた弾性エネルギーを一気に放出し、大きな推進力を生むことになる。

この弾性エネルギーを巧みに使うためにSSCトレーニングが広く行われているが、その時はミニハードルやボックスが一般に用いられる。例えば、ボックスを用いる際にはボックス上から真下にそのまま落ちるように飛び降り、着地と同時に大腿四頭筋が伸張され、その反動を使って短縮することで次のボックスに素早く飛び上がる。すなわち、ドロップジャンプを連続的に行う。ドロップジャンプを10cm刻みの高さから飛び降りその直後に垂直跳びを行うと、男性では約60cm、女性では約50cmの高さが、その後の垂直跳びが最も高くなる。そのためSSCのトレーニングではボックスの高さが男性では約60cmが、女性では約50cmが上限である。しかし、その高さのボックスを連続的に飛び上がることができないので、男性では数回繰り返すことができる約40~50cmが、女子は30~40cmが妥当な高さとなる。ボックスの高さが高くなるにしたがって膝への負担が大きく、連続的に同じ動作を繰り返すことが困難になる。この種のトレーニングは例えば陸上競技の走高跳、バレーやバスケットボールでは垂直方向への動きが多いために非常に有効であるが、水平方向への敏速な動きが求められるランニングを強化するためには、工夫が必要である。

それは、走高跳の選手が短距離や走幅跳を兼ねたり、走幅跳の選手が走高跳を兼ねることは珍しいことからも、水平運動と垂直運動に違いがあることが判る。その原因には、同じ大腿四頭筋が使われても使われる筋線維の違いや筋線維の収縮の方向に違いがあることが挙げられる。従って、速く走るための強化としてのSSCトレーニングは走る動作に近い動きで行われなければならない。その1つの方法がバウンディング(3、5、10段跳び)やスキップである。筆者の経験では長距離選手には10kgのシャフトを肩に担いだ200~400mのスキップをインターバル的に行うのが効果的である。その時注意しなければならないのは、できるだけ早く一歩一歩を大きく前方に振り出す感じで行うことである。週1~2度10回程度を目安に行うと有効である。SSCトレーニングの基本は垂直方向への動きであるので、それだけでは水平方向への弾性エネルギーを有効に使えない。速く走ることをねらいとした弾性エネルギーの有効な利用方法については工夫が必要である。