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ランニング・カフェ

第18話 ホットハンドとホットレッグ

山地啓司(初代ランニング学会会長)

バスケットボールに“ホットハンド(hot hand)”と呼ばれるものがある。ホットハンドとは、試合中や練習中に神懸かりしたようにゴールを繰り返して決めるような時に使われる言葉である。正に“絶好調”と言う感じである。好調であれば味方からのパスも自然に多くなり、それに応えればますますボールが集まってくる。そのため1試合のゴール数が選手本人もビックリするような得点数になる。例えば、1992年にはアトランタ・ホークスのドミニク・ウィルキンスは連続23回のフィールドゴールを決めている。また、2006年1月22日に行われたロサンゼルス対トロントの試合でアメリカNBA界のスーパスター、コービー・ブライアントが1試合81ポイントの驚異的な新記録を作った(松浦俊介訳『科学で勝負の先を読む』)。これらこそ正に“スーパーホットハンド”である。このような現象は恐らくバスケットボールだけでなくサッカーやラグビーなど多くのスポーツでみられる現象であろう。

スタンフォード大学のトブェルスキー(Tverski GV)はバスケットボールのゴールのランダムさと連続性がなす規則性の存在を調べたところ、そこに一定の規則性があることを発見し、その存在を1985年のCognitive Psychology(認知心理学)に発表した。その論文は、単にバスケットボールだけでなくあらゆるスポーツにみられるランダム性と連続性が混じり合った世界を、大脳がどのように認知するかを論じたものであった。それを契機にスポーツにみられるランダム性と規則性に関する論議がにわかに活気づいてきたが、いまだにコンセンサスが得られていない。

ここでは筆者はそれらの論争をレビューしようとするのではなく、バスケットボールにみられるホットハンド現象がランニングにも現れるのではないかと言うことを紹介するものである。筆者がかつて選手であった頃、マラソンや駅伝のレース中にこの種の絶好調の状態を何回か経験したことがある。この現象をバスケットボールのホットハンドになぞらえて“ホットレッグ(hot leg)”と命名しよう。本来、駅伝やマラソンを走っていると生理的にはだんだん疲れてきて脚が思うように動かなくなるのが一般的現象であるが、レースの後半に差し掛かって何かの拍子に急に脚が快調に動き呼吸も楽になり、どんなにスピードを上げても走れそうな錯覚さえ感じられる時がある。それは長い時は数キロ続く。中盤にそんな状態になると自重しないと大きな落とし穴が待っているので用心する必要があるが、レースのゴール数キロ前になると大きく崩れる心配がないので思い切ってどんどんペースを高められる。

そんな現象を経験した時はほとんど自己新記録を更新する。この現象は“ランナーズハイ”と似て非なるものと思われる。ランナーズハイはもっとスピードが遅くそれほど疲れた状態ではない心身がリラックスした状況の中で心身の陶酔感に浸る余裕があるものであり、一方、ホットレッグは酸素の収支のバランスが最高のレベルで調和し、しかも疲れた中で大脳は冴え攻撃的・闘争的状態、しかも脚は毒素が一気に抜けたような軽やかさを感じるものである。筆者のような平凡な選手がレースでホットレッグを経験しても自己新が出たことを個人的に喜ぶに過ぎないが、こんな感覚をレース中経験して日本新記録を樹立したのではないかと思われる選手がいる。

例えば、1986年10月19日北京で開催された肌寒い霧雨のレースで児玉泰介(旭化成)は中山竹通(ダイエー)が持つ2:08:15の日本記録を破り2:07:35の新記録で走り切った。2位の伊藤国光(カネボウ)も2:07:57で中山の記録を破っている。マラソン選手として経験の浅いほとんど無名選手に近い彼が(1984年2:15:56、1985年2:10:36)いきなり3分余り自己記録を更新し、しかも日本新記録を出す快挙を成し遂げた。(翌日の新聞では快挙を讃えながらも、コース距離に測定ミスがあるのではないかと言う疑念をぬぐえきれない声もあった。)その後彼は10分を切ることはなかった。翌年、北京を走った宗兄弟は「このコースで泰介はよく7分台で走ったなー」と、感想を述べている。本人に直接聞いたことはないが状況から察するに正にホットレッグ現象を体験したのではないかと思われる。

また、犬伏孝行(大塚製薬)は1999年9月のベルリンで2:06:57の記録で児玉の日本記録を破った。彼の前年度までのベスト記録が2:13:15であることから実に6分以上自己記録を短縮したことになる。彼は翌年福岡で2:08:16を記録したが、その時の彼の記録は藤田敦史(富士通)の2:06:51に破られている。犬伏のマラソンへの挑戦は3年余りで終わり、彗星のように現れ彗星のごとく去った感がある。犬伏の記録を破った藤田もその後故障に悩まされ、自己の第2位の記録は5年後の2:09:48と必ずしも期待に応えられたとは言えない。藤田の記録は2002年高岡寿成の10月13日、シカゴマラソンでの2:06:16に破られた。高岡は、トラックで活躍した後の満を持してのマラソン転向で、彼のマラソンの挑戦は10年近く続き日本のマラソン界をリードしてきた。彼の記録は15年経過した今日でもまだ破られていない。マラソンと同じ2001年に樹立した10,000mの27:35:09も、2015年に村山紘太選手(旭化成)27:29:69に破られるまで日本記録として存続した。彼の記録は地力であり実力通りであるが、児玉や犬伏はその時のレースでホットレッグを体験し、そのことが日本記録樹立につながったと思われてならない。

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