学会活動

ランニング・カフェ

第20話 予測・予知(読み)とスポーツ

山地啓司(初代ランニング学会会長)

反応時間は一般に、電燈がついたら(刺激)できるだけ早くジャンプ(反応)し、その間の速さで測定される。その伝達経路は、電燈がつくと目の網膜にある光の受容器でインパルスが発生し、インパルスが感覚神経を経由して大脳に知らせる。大脳は直ちにジャンプをすることを命じ、そのインパルスが運動神経を経由して活動筋に伝えられジャンプとなる。この一連の刺激(Stimulation)から反応(Response)までをSR反応時間(0.2~0.5秒)といい、その速さが速ければ速いほど100mの記録も速くなる。従って、反応時間は特に速さを競うスポーツの運動能力を知る重要な指標となる。

このSR反応時間は電燈がつくとジャンプをするという単一の刺激に対する反応であるが、よりスポーツの能力を判断するために選択性SR反応時間が測定される。例えば、電燈の矢印が上下左右につくようにして、上は前方へ下は後方へ飛ぶというようにサインに従った反応時間によって測定される。このような動きは、陸上のように直線運動だけでなく、敏速に360度動かなければならないボールゲームのようなスポーツでは有効な指標となる。

勿論、速く動作しようとすればするほど誤りも多くなるが、そんな時誤りに気づきただちに修正を行うことをバイオフィードバックという。また、この種の反応時間は何回も繰り返す(トレーニング)ことによって短縮するが、これはインパルスが脊髄で感覚神経から直接運動神経に伝えられ、大脳が関与しなくなってくるので反射的にジャンプが行われることを示唆する。

ただそれだけでなく、電燈がつくパターンやタイミングを学習することにより予測・予知が働くようになることも一因である。この予測・予知をバイオフィードフォワードといい、俗に“読み”ともいう。人が日常的に行う行動には読みで動いていることが多い。

例えば、行きかう人々がお互いにぶつからないように相手の位置や動きを半ば無意識に判断して行動する。あるいは、学生が期末試験で今日の試験は〇〇が出るであろうなど、読みが当たったり外れたりする。スポーツでは読みの速さと正確さが勝負のカギを握る。

日本ハムの大谷選手が150~160㎞・h-1の剛速球を投げると仮定して単純に計算すると、ホームベースまでに約0.4秒かかる。バットスウィングの速いプロの選手でもバットのヘッドが動き始めて打球点に達するのに約0.2秒要する。とするとピッチャーから150~160㎞・h-1の剛速球が投げられた場合、バッターはストライクかボールか、あるいは球種(速さが異なる)を見極め、バットを振るか否かをわずか約0.2秒で判断しなければならない。

現実の問題としてそんな剛速球をはたして打つことができるのであろうか。恐らく一般的見解としては否定的であろう。しかし、実際には大谷選手の剛速球はオールマイティーではない。なぜなら、バッターはピッチャーがこんな状況の中で次にどんなボールを投げてくるのか、を予測する。バッターは三振するまでに3回のチャンスがあり、その中、予測が一度当たればよい。ピッチャーはバッターが何を待っているのかを読み、その裏をかくように努めている。

プロ野球の面白味はピッチャーとバッターの読みの勝負にあるのではないだろうか。例えば3度に1球は高めのストライクゾーンに来ると予測し、その球をねらい打ちすることもできるからである。かつて、西武の松坂は150㎞・h-1の剛速球を投げていたが、近鉄にいた中村(紀)にホームランをねらい打ちされることがしばしばあった。当時松坂の高めの速球は打てないと定評があったが、中村は敢えて松坂の決め球を狙ったのである。

楽天の監督をしていた野村はかつて三冠王にも輝いた。彼は述懐して「私は他の選手に比べ特別バットスイングが速いわけでもなく、足が速いわけでもない。他の者よりも優れているものがあるとするならば、ピッチャーと対峙した時次にどこへどんな球を投げてくるかがより正確に読めることである。その力は、長い間キャッチャーしながら、いつもバッターのこころを読んできたことが役に立ったのであろう。」と、述べたことがある。野村はヤクルトの監督に迎えられた時、ID(Important Data)野球を唱えた。プロ野球が感覚の世界から科学の世界への1歩を踏み出した時でもある。

今日のプロ野球の世界ではピッチャーとバッターだけでなく、野手も相手バッターの過去のデータやその時のスイングの仕方などで守備位置を変えるなど、すなわち、ノンバーバルコミュニケーションから相手が何を考え行動しようとしているのかを“読み”、前もって行動する能力が問われる時代となっている。

かつて、ヤクルトの監督だった広岡と元阪神監督の吉田の名ショートストップと言われた二人の対談の中で、広岡は「一般にファインプレーとは取れないようなボールをダイビングキャッチした時等に言われるが、真のファインプレーとはバッターの特性やその時のスイングなどを考慮してあらかじめ守備位置を変えていて、平凡なフライとしてキャッチすることである。」と述べていたが含蓄ある言葉である。

サッカーのJ1の初代会長・長沼健氏は彼の『11人の一人』の著書中で、90分の試合中に一人の選手がボールを直接支配する時間はわずか2分で、残りの時間は歩いているか走っている。残りの88分がボールを支配した時の2分を最高なものにするか、何もなかったようになるか、あるいは相手にチャンスを与えるかに分かれる。ボールを支配していない88分にどのように戦況を分析し、相手や味方の位置や動きから今自分が何をなすべきかを考え行動できる選手が将来優れた選手になるであろう、と述べている。

すなわち、ボールが来てから動く(反射動作)のではなく、ボールが来る前にボールの来る方向やコースを正確に読みながら初期動作が取れる選手が大成するという。確かに、全日本の代表選手の岡崎選手や本田選手は実績やポジションから見てボールを受けるチャンスが多いのは当然であるが、それだけでなく不思議にボールが来る所にポジショニングしているように思えてならない。

現在のスポーツ界では、競技水準が高くなればなるほどパワーや敏捷性などの高度な体力や技術が求められるが、それだけでは一流選手にはなれない。やはり試合中刻々と変化する戦況や流れを的確に読み、勝利に貢献するために何をなすべきかを判断し、しかも臨機応変に行動できることが一流の証であろう。

“先を的確に読み行動できる”選手が真の一流選手である。