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第27話 マラソン記録の予測方法 ー市民ランナー指導の一助としてー

豊岡示朗 (ランニング学会前会長)

この2ヵ月、マラソン記録予測法に関した資料を集めた。できるだけ簡単な1回の測定で高い確率を持って予測できる方法が無いものかと文献をめくった。今年度のマラソンシーズンに備えて、受け持っている二つのランニングクラブの指導に役立てたいと考えていたからだ。というのも、会員の市民ランナーから、『今の私はどのくらいのタイムでマラソンを走れますか?』という質問をよく受ける。齢を重ねても自分の能力,記録を推測することは、何か心踊るものである。5km・10km・ハーフを走った経験はないとのこと。どうしたものかと思案する。もし、これらのタイムが分かると、私が指導する時には、ダニエルの著書「Running formula」の記録チャートを見る。マラソンレースの3~4週間前に10kmやハーフを走っていると、マラソンの記録予測に役立つ。また、同様に走行タイムから持久係数を用いて、容易に算出することもできる。ハーフの記録×2.1~2.4 (ハーフが遅い人ほど高い係数になる) で求められるが、正確な係数を見出すのは、個人の特徴把握を行う必要がある。しかしながら、記録を用いる方法は、簡便さの観点からは、利用しやすい。

研究ジャーナルからマラソン記録をキーワードとして調べてみると、1つ目の尺度は、最大酸素摂取量の大きさになる。持久力のバックボーンであり、エリートランナーに70 ml/kg/min以下が少ないことなどから、ランニング能力の予測因子として、その重要性が指摘されている。フォスター (1983) によれば、マラソン記録の優劣は、主に、各個人の最大酸素摂取量の違いにあるという。その予測式を、「マラソンタイム(分)=435.58 – 3.85×体重当たり最大酸素摂取量」で表している(r= −0.96)。最大酸素摂取量を正確に知るには、実験室で呼気マスクを装着しての測定になる。この方法は、測定に時間を要し、設備も必要となるので人数の多いランニングクラブには適さない。最近は、腕時計に組み込まれたソフトによる推定も可能であるが、エアロビクスの考案者であるクーパーが公にした12分間走テストの走行距離からも予測できる(体重当たり最大酸素摂取量=0.021×走行距離—7.2)。筆者のクラブでは、年1回、マラソンシーズンを向える11月に、12分間走による最大酸素摂取量を測定して指導に生かしている。例えば、12分間走で3000m走ったランナーの体重当たり最大酸素摂取量は、52.8 ml/kg/minと推定される。フォスターの式に代入すると、マラソン記録は、3時間52分となる。筆者の経験からは、過少評価になり、トレーニングの走行距離や年齢にもよるが、その記録より、15〜25分は速く走っている人が多い。

2つ目の尺度は、マラソン走行中の%VO2max(酸素摂取水準:最大酸素摂取量の何%を利用して走っているかを示す)が加わる。%VO2maxは、最大酸素摂取量とランニング経済性の2要素の影響を受けるので、マラソン記録との関連はより密接になる。両項目の測定でマラソン記録が、98.6%説明できるという研究結果 (r=0.993) も見られる。その予測式は、「マラソンタイム(時間)=7.445−0.0338×体重当たり最大酸素摂取量−0.0303×%VO2max 」で示されている。マラソン走行中の%VO2maxは、記録レベルによって約65〜85%までの幅が見られるが、マラソンタイムで3時間〜5時間以内のランナーは、予測式に75%を入れて求めると誤差が小さいと考えている。例えば、前述した12分間走による最大酸素摂取量・52.8 ml/kg/minのランナーがその75%水準をキープできると、マラソンタイムは3時間23分となる。さらに高い水準(80%)の持久力があると3時間14分と予測される。最大酸素摂取量のみによる単独予測よりは、精度が高まる。

3つ目の尺度は、血中乳酸濃度に関したLT(乳酸閾値)速度 とOBLA(4ミリモル/L)速度である。いずれの指標もマラソン記録の予測に関して、ベストシングル因子になるという。両者のマラソン記録との相関係数は、r=0.96~0.98と非常に高い結果が報告されている。特に,LT速度は、マラソンの平均速度に近似するので予測手段として活用し易い。難点は、数種類の速度をトレッドミルや競技場で走ってもらい、その都度、指先や耳朶からわずかな量の血液を採取しなければならないことである。指導の現場では、時間と費用を要する点で誰もが利用できる方法ではない。

4つ目の尺度は、トレーニング量やトレーニング速度(強度)を用いて、マラソン記録を予測する方法である。オールアウト走や細かい測定をしないで、トレーニング日誌を振り返ってマラソンタイムを推定しようとする。女性ランナー(平均3時間47 分)を被験者とした研究の予測式は、「マラソンタイム(分)=449.88−7.61× (1日の走行距離)−0.63 ×(トレーニングペース,m/分)」となり、相関係数は0.82という。また,同様の項目で2時間47分〜3時間36分という範囲のランナーから得たTanda (2011) のマラソン記録の予測式は、「平均マラソンペース(秒/km)=17.1+140.0exp[(−0.0053×km/週)]+0.55×トレーニングペース(秒/km)」となり、約4分の推定誤差でマラソン記録を予測できると報告している。しかしながら,トレーニングペースや距離の算出法など明確に分からない点もあることや指数の計算方法などが煩わしい。森ら (2016) は、個人の特徴と走行距離からマラソン記録予測の回帰式「マラソンタイム(分)=114.398−0.23×月間走行距離(km/月)×BMI−0.723×マラソン出場回数(回)+0.514×年齢(歳)」を発表 (r=0.646) している。この式に私のクラブの会員数名のデータを当てはめてみると、実際の記録との差異は9分~18分と算出された。上述した日誌方式は、指導現場では記録の予測に利用しやすい。

5つ目の尺度は、フィールド走テストの結果からマラソン記録を予測する方法である。モントリオール大学で考案されたMMATT (Maximal Multistage Aerobic Track Test)は、トラックを利用して2分ごとに時速1km増速して走り、その速度(集団)から離れたら終了するオールアウトテストである。先日、ラン二ングクラブで実施してみたところ、結果はほぼマラソン記録の順番になった。また、トレーニング手段としてもビルドアップ型なので余裕をもって、無理なく使える手段になるという印象を受けた。テスト結果からは、最大酸素摂取量と600m〜マラソンまでの記録が予測できる。一覧表から、最大酸素摂取量:49 ml/kg/minのランナーのマラソン記録は4時間54 分と予測された。我々の資料から見ると、この記録は、過少評価され過ぎていて、予測記録一覧表を市民ランナーに見せると落胆度が大きくなると思えた。例えば、2つ目の尺度:%VO2maxの推定式で%VO2maxを70%に仮定し、49 ml/kg/min の最大酸素摂取量で算出すると、マラソン記録は3時間40分となり、約70分も異なった。

他のフィールドテストによる予測法は、12分間走テストである。筆者らは、その走行距離とマラソン記録に密接な関係 (r=0.945、ランニング学会大会号)を見いだし、その予測式を「マラソン記録 (m/min)=0.092 ×12分間走テストの走行距離—72.034」で表している。サブ3を目標とするなら、12分間走テストで約3300m、サブ4なら約2700m (推測誤差:12 m/min) が目安となる。この方法は、細かい形態測定や採血、日誌の記帳も必要なく、1回のテストでマラソン記録が推定できる簡便さが特徴である。12分間走テストの走行距離が2~4kmと短いため、マラソン記録の推定を疑問視する声も聞くが、ファレルらも (1979) 、2マイル (3200m) 走とマラソン記録との間に高い関連(r=0.92)があることを報告している。

代表的なマラソン記録の予測法を私見なども含めて述べてきたが、指導者や市民ランナーが活用できる方法は、個人の特徴(年齢,マラソン参加回数など)や日誌からトレーニング距離や強度を当てはめる方法や10km・ハーフの記録および1回のフィールドテストで推定する方法が便利であろう。但し、算出されたマラソン記録は、平均値であり予測誤差があることも知っておきたい。また、どの予測法の場合でも、マラソンの経験があり、トレーニングを着実に実施しているランナーの予測精度が高くなることも承知しておきたい。一方、トレーニング頻度が週1~2日で走行距離が少なく、マラソン経験の乏しい市民ランナーの記録予測には、大きな誤差が生まれやすく活用すべきではない。指導しているランナーの記録を予測することは,レースでのペース設定やトレーニングでの強度の決め方などに役立ち、記録のレベルアップに向けたコーチング法の確立にも繋がると思われる。加えて、指導者に取ってトレーニングの継続指導から生まれる記録改善!という満足感や達成感をランナーと共有できることは、指導者冥利に尽きるであろう。

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