学会活動

海外文献紹介

Training and Bioenergetic Characteristics in Elite Male and Female Kenyan Runners
BILLAT,V,.P.-M.LEPRETRE,A.-M.HEUGAS,M.-H,LAURENCE,D.SALIM,and J.P.KORAL SZTEIN.
Med. Sci. Sports Exerc., Vol.35, No.2,pp. 297―304,2003.

文献リンク

東アフリカ人の長距離走に関した卓越性は、遺伝や社会学的要因、高地環境などが寄与しているとコーチや学者によって指摘されている。

この研究は、ケニア人競技者の生理的測定値とトレーニングパターンを示した最初のものであり、被験者(男子13人、女子7人、週当り10~16回のトレーニング頻度、120~200km/週)が国際的サーキットに出場しているエリートランナーである事も意義深い。

研究目的は2つ。1)同じようなトレーニング法(ハイスピードトレーニング:HST)を用いている男女ランナーの比較、2)ハイスピードトレーニングとスロースピードトレーニング(LST)というトレーニングタイプの影響を明らかにすることにある。トレーニングタイプの分類は、日誌や同僚、コーチとの話から分けている。生理学的には、v△50かそれ以上のスピードでトレーニングしているランナーをHST、他をLSTとした。

3つの生理学的ペースの定義は以下に示した。

1)vLT(乳酸閾値のスピード)

血中乳酸が3.5~5ミリモル/L の間で1ミリモル/L 上昇するペース。このペースは、定常なランニングペースより速い。生理学者やコーチは有O2的能力を高めるペースとしてvLTを確認している。このペースでのトレーニングはvLTを高める。その事は、血中乳酸レベルの増加なしで、より速く走れる事を意 味する。vLTトレーニングはテンポ走として知られ、通常、そのランニング時間は30~70分である。

2)vVO2max(最大酸素摂取量で走れるスピード)

このペースは非常に速く、約6分間位しか持続できない。血中乳酸は8~10ミリモル/L に達する。この強度のトレーニングは、ペース維持に要求されるVO2maxとランニング経済性を改善する。vVO2max の具体的なトレーニングは400m×20、800m×6 などである。

3) v△50(vLTとvVO2maxの中間ペース)

この速度は10kmレースペースに非常に近い。v△50のトレーニングは2000m×4(短いインターバルで)などである。

生理学的プロフィールは、男女ランナーとも優れた値であるが、白人ランナーと比べ、特別に高いものでもない。男子の2つのグループ間で、生理学的プロフィールと10kmタイムに差のある事が示唆された。だが、それらの違いがトレーニング内容の差異によるのかは明確でない。

HSTのランナーは、LSTランナーより10kmが明らかに速く、そのタイムは、高いVO2max、vVO2max 、v△50とに相関が見られた。統計的分析は、HST 群の優れたvVO2maxは、vVO2maxでの週当りトレーニング量が多い事に関連し、また、v△50とvVO2maxは10kmタイムの主要な予測ファクターであった。

女子の10kmタイムを予測するベストな因子もvVO2max(r=-0.954)となった。このように、ビラットらはケニアの男女ランナーの10kmタイムは、種々の測定値の中で、vVO2maxだけ(男子はv△50も重要)が密接に関連している事を明らかにした。vVO2maxがパフォーマンスと高い相関関係になる理由は、vVO2maxがVO2maxに加え、ランニング経済性もその中に含んでいるからである。また、vVO2maxスピードのトレーニングは1)FOG線維の有酸素能力を高めて、疲労に対する抵抗力をアップし、2)ハイスピードの維持に要求される筋力を高めることが示唆されている。

vVO2maxの差異の要因は、vVO2maxのトレーニング量の違いで大半が説明できるという。HST群のvVO2maxのトレーニング量は、週約8kmで週158 kmの走行距離の5%、v△50も約7km(4%)に過ぎない。これ以上、増やしたらさらに効果的なのか?という発想もコーチングの立場では起きてくる。

現場のトレーニングでは、高強度のトレーニングをいかにうまく量と頻度をセットするかが、コーチングの手腕として問われよう。というのも、強度が高まる程、メンタル面と身体への負担も高まり、障害の発生も増えることが予測されるからである。

この論文の評論としてTim Noakes(南ア)が興味ある記事を載せている。

世界のエリートランナーはレースのラスト10~20%でペースを上げる能力が顕著である。例えば、ゲブレシェラセが10000mで世界記録を樹立したレースの特徴は、ラスト1~2kmのスピードアップ。これは、生理学のモデルによれば、レース後半は疲労困憊でペースダウンになるはず。何故、可能なのか?と。彼によれば、ケニア人ランナーはレース中、四肢のモーターユニットをより多く活性化できるのではないかと考えており、パフォーマンスのXファクターはモーターユニットの利用を調整する脳の能力ではないかと推測している。

これと類似した発想を1マイル、4分の壁を初めて破ったロジャー・バニスター卿が1956年に書き表している。「生理学は、筋運動に対し呼吸循環系による限界を示すかもしれないが、生理学の認識を越えた心理的、ないし他の要因が「勝ち負け」の際どい分かれ目を定め、そして、アスリートがどのようにしてパフォーマンスの限界近くまでアプローチするのかを決定している」と。

その後、2000年のジャーナルで、彼は次のように結論している。「それは、心臓や肺でなく脳である。決定的器官は脳であると」。

長距離のトレーニング法も新しい分野が必要なのかもしれない。

(大阪体育大学  豊岡示朗)