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ランニング・カフェ

第23話 言語的コミュニケーションと非言的コミュニケーション

山地啓司(初代ランニング学会会長)

運動生理学の分野では、科学的手法で得られた客観的データ(数値)を統計的に処理し、結論を導き出す。さらに、多くの人に理解・応用してもらうために、他の研究者の研究結果と合わせて考察して客観的データを基に、言語や図表を用いて説明する。それに対して、マイケル・ポランニーは、「私たちは言葉(言語)にできるよりも多くのことを知っているが、それを言葉で相手に理解させるのは難しい。」として、知ってはいるが言葉で表現できない知識を「暗黙知」と呼んだ(『暗黙知の次元』1966)。

これを広義に解釈すると、数量化や言語化が著しく困難な、例えば、芸術(絵画、音楽、写真・画像、彫刻や陶芸、舞踏やダンス等々)やスポーツなどでは、視覚や聴覚などの感覚器官を通して非言語的に表現することができると言える。前者の科学に限らず我々自身の意志を言葉で表現し合う方式を言語的コミュニケーション(verbal communication)、それに対して、後者の芸術やスポーツの場合を非言語的コミュニケーション(non-verbal communication)と呼ぶ。日常的に用いられるコミュニケーションの93%が後者に属すると言われる。それを証明するかのように、“メラビアンの法則”では、有権者が選挙で誰を選ぶかは、見た目が55%、声が38%、内容がわずか7%とされている。

ET ホール(1966)は『The Hidden Dimension』 の中で非言語的コミュニケーションを“The Silent Language”と言う言葉を使い、その書を翻訳(南雲堂)した國弘ら(1966)は『沈黙のことば』と表現した。現在非言語的コミュニケーションにはボディコード、マインドウォッチング 、ボディランゲイジ(声なき言語)、身振り、しぐさ、ジェスチュア、サイン(信号)等が用いられている。スポーツに特化した場合にはスポーツ行動学(human ethology in sports)と呼ばれる。

日本人は欧米人に比べると会話中にあまりジェスチュアを用いないが、欧米人は顔の表情もさることながらジェスチュアを交えて話をする場合が多い。その最も代表的なのがイタリア人である。ローマ・トレ大学のボッジ教授によると(烏賀陽正弘、PHP文庫、2016)、イタリアには日常的に用いられるジェスチュアが約250ある。そして、イタリア人がいかにジェスチュアを使うかを如述に物語るジョークを紹介している。

例えば、ローマ市内のバスの運転手席の後方に、「ただ今運転中です。どうか話し掛けないでください。」と書かれた紙が貼られていた。その張り紙は、運転手に話し掛けるとハンドルから手を離してそれに応えるから危険です、と暗に示唆している。さらに、このようなイタリア人の習癖を茶化して、「黙らせるためには、彼の両手を抑えよ!」というジョークまである、という。

それぞれの国には日常的に使われる実に様々なジュスチュアあるが、スポーツ中に相手の選手に知られたくない事を話す時や、話をしても大観衆の声や騒音でかき消されることが予想される場合には、味方の選手同士で細かなサインやジェスチュアが用いられる。また、相手選手を揶揄したりする際には社会通念的なジェスチュアを用いる場合がある。野球では、ピッチャーはキャッチャーと1球1球サインを交換するし、監督やコーチは相手に作戦が知れ渡らないようにブロックサインで走者やバッターにサインを送る。

野球に限らずスポーツの審判(レフリー)はアウトやセーフ、インフェアやアウトフェアなど、大きなジェスチュアを使っている。サッカー、ラグビー、バスケットなどでは多彩なステップや体の動きで進行方向の相手の選手を翻弄しながら、味方へのパスやシュートがより正確にできるチャンスを創り出す。さらに優れた選手になると相手の予測・予知の裏をかく高度なフエイントで相手を操る。この種のフエイントはネットをはさんで競技するテニス、バトミントン、バレー、卓球等でも頻繁に使われる高度な技である。

唯スポーツの中でも陸上競技、水泳、スキーなどの種目では、サインやジェスチュアは少ない。しかし、勝利を確認した選手は観衆の声援に手を挙げて応え、歓びのジェスチュアであるガッツポーズをしながらゴールする。あるいは、監督が競技中の選手に技術的指導をジェスチュアで示したりする。特に、五輪や世界選手権大会等では外国のコーチや監督がそれぞれの国固有のジェスチュアを用いて、選手に指示を出したり鼓舞したりする。それを見ているだけでも実に面白い。

日本古来のスポーツでは日本特有の暗黙的了解事項(運用の妙)がある。剣道では言行一致が求められるため、例えば、「面!」と言いながら竹刀で「胴」を打ったとしてもポイントにつながらない。また、相撲では、かつてガッツポーズをした横綱の朝青龍が相撲関係者から非難され、引退を早める1つの要因となった。柔道では試合前に審判の“始め!”のことばで両手を高々と上げ、自分の力を誇示し相手を威嚇する。スポーツの試合ではメンタルの部分で負けると勝ち目はない。気持ちは態度や行動に表出される。

日常生活では家族同士で日々の習慣や行動をおおよそ理解しているので、ほとんど言葉を要しない。例えば我が家のように、結婚して半世紀にもなると、夫婦間の会話がとみに少なくなる。そのため相互の思い込み(推測)に齟齬が生じて険悪なムードになる。皆さん方の家庭ではいかがですか。

いずれにしろ、言語的コミュニケーションは相手に正確に意志や情報を伝えるのに対して、非言語的コミュニケーションは言語で表現しにくい感覚の世界やスポーツの場面で多く使われる。

≪後記≫

相撲、柔道、剣道などの規則書の中で言行不一致やガッツポーズに関する条項は記載されていない。例えば、剣道試合規則の第27条では、「試合者に不適切な行為があった場合は、主審が有効打突を宣言した後でも、審判団は合議の上、その宣告を取り消すことができる。」とされる。すなわち、条文の“不適切な行為”に抵触する。朝青龍のガッツポーズについて、ある親方は『心情的には理解できるが余分な行為であった。』と述べている。ただし、最近では若い力士が自分の相撲に納得したかのように、小さなガッツポーズをする姿が目立つ。どうもガッツポーズには力を誇示するものと、自分自身に納得させる小さなガッツポーズがあるようである。

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