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ランニング・カフェ

第24話 モニタリングの実際と問題

山地啓司(初代ランニング学会会長)

第8話の「スポーツ科学の可能性と限界」で、1991年カナダの医師ギヤットが医療現場の医療ミスや医療過誤防止のために、科学的根拠に基づく医療の必要性を唱え、それが医療現場だけでなく、裁判の在り方やスポーツの指導法にまで反映される時代が来たことを述べた。

そのような時代的背景から、スポーツ科学には過去10年余りの間にモニタリングに関する研究報告が急速に増えている。今回はスポーツのモニタリング(training monitoring system)に関する現状と問題点について述べてみよう。

オーストラリアから(Taylorら、2012)プロスポーツを含む23種目の競技スポーツの指導者100名に対するアンケート結果が報告されている。その報告によると約半数の指導者・選手から何らかの形でモニタリングを実施しているとの回答を得ている。指導者のモニタリング実施の目的は、けがの予防が29.1%、トレーニングプログラムの検証が27%、パフォーマンスの伸びの把握が22%、オーバートレーニングの予防が22%となっている。モニタリングの方法は84%が選手自身による自己申告質問紙法(self-report questionnaires)である。指導者への報告頻度は毎日(55%)、1週間複数回(24%)、1週間1回(18%)、月1回(2%)となっている。パフォーマンステストの回数は週複数回が36%、週1回が33%、月1回が30%となっている。選手では38%の者がモニタリングの必要性を認め、その84%の者が疲労度の把握をその理由に挙げている。

モニタリングは、実際に実施したトレーニング内容(外部負荷)とそれに対する生理的・心理的応答(内部負荷)に関するもので、前者はトレーニング強度・時間・頻度等が、後者は質問紙法や練習日誌が主で、客観的指標は、心拍数、血中乳酸濃度、神経筋肉機能、努力感や疲労感等々が検証項目となっている。すなわち、抽出されたデータを統計的アプローチから生理・心理的に分析・検証した後、トレーニングプログラムを調整・修正すること、また、体調(疲労度)項目から、障害や疾病、あるいはオーバートレーニングの可能性や進捗状況を把握すること、が主な目的である。

チームスポーツではチーム全体で行うトレーニングやポジション別に実施するトレーニングが、各選手のこれまでのトレーニング経験や競技力によって生理・心理的応答がどのように異なるか、また、個人スポーツでは主に高強度トレーニングに対する回復時間の長短が個人によって如何に異なるかが追究されている。すなわち、同じトレーニングを行っても回復能力に個人差が顕著に現れるため、実践の場では選手とコーチ間のトレーニングに対する疲労の評価に差異が生じるケースが多い。

そこで、質問紙法だけでなく客観的手法を用いたモニタリングを行うことが選手とコーチの疲労の感覚の違いを調整する上で重要となっている。客観的手法には、トレーニングの効果や疲労を把握するのに誤差が少ないこと、安価で再現性・精度の高い測定機器を使用すること、測定技術が簡単で短時間で測定できること、しかも、環境変化による影響の少ないこと、などが求められている。

今日国際的に採用されている疲労に関するモニタリングの客観的指標は垂直跳びや立ち五段跳、安静時の心拍数(resting heart rate)や心拍の周波数分析(heart rate variability)、酸素摂取量、主観的運動強度(RPE)、血中乳酸濃度などである。さらに、それらと併用して質問紙法と練習日記が用いられている。これまで筆者はモニタリングの客観的手法として、心拍数の可能性について追究してきたが、苦労の末明らかになったのは心拍反応に個人差が顕著であることである。例えば、安静時の心拍数は、約8割の者は高いと疲労気味で低いと体調が良いとみなされるが、約2割の者はそれとは全く対照的な反応を示す。それは心拍の周波数分析やall-out(exhaustion)時の心拍数の結果に概ね当てはまる。従って、心拍数だけでは疲労のモニタリングの指標として十分とは言えないのである。

さらに筆者は、同じ曜日と時間帯に、トレッドミル上を8~13回にわたって徐々にスピードを高めていく漸増負荷法でall-out(exhaustion)まで走り、その時の酸素摂取量や心拍数を測ったところ、all-out(exhaustion)に達しないスピードでは、平均酸素摂取量と平均心拍数は変動係数が4~5%であったが、all-out(exhaustion)時の最大酸素摂取量は5.9%、最高心拍数は2.1%であった。TwistとHighton(2013)は、再現性の変動係数(SD/平均)が5%以上の指標は用いるべきでない、と指摘していることを考慮すると、概ねこれらの項目はモニタリングの指標として有効と考えられる。しかしこの実験では、持続時間の変動係数と性格テストの情緒安定性との間に有意な反比例が出現した。従って、パフォーマンスの変動が生理的な問題だけでなく、個々人の性格の影響も無視できないことになる。また、例えこれらの項目が疲労のモニタリングに有効とみなしても、日々変動を追跡調査して集積されたデータを管理・解析し、さらに、個々人の特性を考慮しながら体調を客観的に評価できる専門的知識を持った人材の育成やその人材を雇う経済的問題が残る。

いずれにしろ、世界はモニタリングの重要性が指摘されながらも精度や信頼性の高い手法がまだ十分確立されないまま見切り発車しているのが現状である。裏を返せばそれだけモニタリングの必要性が高まっていると言える。今後はさらに、トレーニングの指導者と研究者と企業の担当者の三者が相互に協力して、身体の疲労管理に適した簡単・正確で、安価な、いつでも、どこでも、だれでもが使える測定機器の開発や適切な評価方法の確立が望まれる。

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