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東京マラソンでドーピング

2012年2月19日

時事・共同通信などによると、優勝を取り消されたのは、2011年2月27日に行われた東京マラソン(Tokyo Marathon 2011)に2時間27分29秒で優勝したロシアのタチアナ・アリャソワ選手(Tatiana Aryasova)で、レース直後に行われたドーピング検査で、尿検査のサンプルから禁止薬物陽性反応が検出されましたが、上訴期間の最終日である1月20日までに本人からの異議申し立てがなかったため、国際陸上競技連盟(International Association of Athletics Federations、IAAF)は、アリャソワ選手を2011年4月29日から2年間の資格停止処分とし、東京マラソンが開催された2011年2月27日以降のアリャソワ選手の記録全てを無効としました。これを受け、同マラソンを主催する東京マラソン財団(Tokyo Marathon Foundation)が1月24日、アリャソワ選手の優勝取り消しを発表しました。アリャソワ選手につぐ2時間28分49秒で2位に入った日本の樋口紀子(Noriko Higuchi)が、繰り上げで優勝となり、賞金の差額が支払われるということです。

陸上競技界でのドーピングで、最も衝撃を与えたのは、1988年ソウルオリンピック男子100mのベン・ジョンソン選手でしょう。12年前の1976年モントリオールオリンピックから筋肉増強剤の蛋白同化ステロイドが検査できるようになり、ソウルオリンピックではそれまで検出が困難とされていた蛋白同化ステロイドのスタノゾロールがジョンソン選手から検出され、金メダルを剥奪されました。記憶に新しいところでは、2004年アテネオリンピックで、男子ハンマー投げのアドリアン・アヌシュ選手が尿検体のすり替えと検査拒否によって金メダルを剥奪され、室伏選手が金メダルに繰り上がりました。他の競技では、自転車競技界最大級の大会であるツールドフランスの1998年大会で持久力向上の効果があるとされるエリスロポエチン(製剤)が多数発見されて問題となり、2000年シドニーオリンピックからはエリスロポエチン(Erythropoietin, EPO)の使用を検出するために血液検査も実施されるようになりました。

今回、アリャソワ選手から検出された薬物は、「ヒドロキシエチルスターチ(Hydroxyethyl Starch、HES)」で、エリスロポエチンの不正使用や、いわゆる「血液ドーピング」の痕跡を消すために用いられる薬物です。エリスロポエチンは、本来、腎臓で生産されるホルモンで、骨髄での造血作用に関与しています。マラソン選手やツールドフランスの自転車選手の身体能力の中で、最も重要な要素は酸素運搬能力です。酸素運搬の直接的な担い手は赤血球中のヘモグロビンですから、ヘモグロビンが増加すれば酸素運搬能力が高まり、マラソンや長距離自転車競技の成績の向上につながります。多くの選手は、高所トレーニングを実施していますが、高所滞在で血液中の酸素濃度が低下すると、体内のエリスロポエチンが増加し、造血作用が亢進して、赤血球・ヘモグロビンが増加することが、高所トレーニングによる持久力向上の要因とされています。これは、生体が本来持っている適応機能を刺激して、合理的にある機能を高めることですから、トレーニングとみなされます。これに対し、エリスロポエチン(製剤)を不正投与することによって、赤血球・ヘモグロビンを増加させようとする行為は、ドーピングとして禁止されており、さらに、その不正使用の痕跡を隠すことのできるヒドロキシエチルスターチ(HES)も禁止薬物となっていて、今回、これが検出されたのです。

ドーピングが話題になると、必ずと言ってよいほど、「そこまでして勝ちたいのか?」という声が上がりますが、あまり意味がないように思います。「そこまでして勝ちたいのか?」というのが問いかけであるなら、「そこまでしてでも勝ちたいのです。」という答えが返ってくるでしょう。

ともかく「禁止薬物に指定された薬物は使用しない。」「禁止行為に指定された行為はしない。」というのが大原則、それを守るのが、スポーツマンです。「なぜ守らなければいけないか?」スポーツは約束事の世界だからです。さまざまな約束事の上に成り立っている世界だからです。そして、トップアスリートの世界では、ドーピングに関する約束事がことさら厳しいのです。