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COVID-19パンデミック中に運動をしてもよいのか? -免疫学の権威であるWoods博士に聞く-
2021年9月2日
伊藤静夫
はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大は、人々の生活に大きな影響を与えています。ランニング学会でも、日常生活が制限される中でどのようなランニングのしかたがよいのか、いくつかの提言をしてきました。ひるがえって、今回の新型コロナウイルス感染と身体運動との関係についても、様々な研究や議論が展開されてきました。そこでランニング学会のホームページでも、これらの科学的エビデンスを今一度振り返っておきたいと思います。
第1回目として、このパンデミック発生当初の昨年2月、感染症と身体運動に関する研究の第一人者であるイリノイ大学のJeffrey A. Woods博士へのインタビュー記事(J Sport Health Sci誌)の概要を紹介します。まだ全容がつかめない中にあって、長年の研究業績を背景にCOVID-19と身体活動について的確なコメントを残されています。一年半を経過した今日、様々なエビデンスが出始めてきましたが、いずれも博士の見解を裏付けるものになっていると言えましょう。
インタビュー記事の概要
新型コロナウイルス感染症が拡大する中、はたして運動をしてもよいでしょうか? また、運動するとすれば、どのようにしたらよいでしょうか?
パンデミック中であっても、運動することに問題はありません。私たちの生活環境に新しいウイルスが入り込んだという理由だけで、運動がもたらす多くの健康上のメリットを制限すべきではないと思います。ただし、しっかりした感染予防措置を講じることが大切です。身近で運動を楽しんでいる人に感染徴候や症状を示す人がいれば、当然接触を避けなければなりません。しかし、感染者に症状が現れる前でも感染する可能性もあります。したがって、環境や状況によっては運動中にマスクを着用してリスクを減らすことも必要です。
フィットネス施設や体育館の機器を使用する場合なら、使用前後に必ず機器を消毒します。また、運動が終わったら手をきれいに洗います。清潔な水で手を濡らし、石けんで20秒以上かけてこすり洗いをした後、きれいなタオルでよく拭き取って乾かすことが、最も効果的な洗浄方法です。アルコール含有量が60%以上の手指消毒剤も有効ですが、米国疾病予防管理センター(CDC)はすべての細菌・ウイルスに効果があるわけではないと警告しています。なおこの手洗い習慣は、急性の感染症発生時だけでなく、日頃も励行しましょう。またすぐに消毒できないような場合であれば、その手で顔や首に触れないように注意して下さい。
現段階で、この新型コロナウイルスは空気中の飛沫を介して感染することがわかっています。コロナウイルスは、おもに1〜2mの範囲内にいる人の咳やくしゃみを通して拡がります。ただし、ウイルスがどのくらいの期間、物体上で残存するかはまだわかっていません。
いまの注意点は、普段座りがちな人にも当てはまりますか?
座りがちな人が運動を始めることに問題はありません。基礎疾患、併存疾患、整形外科的問題がある人や高齢者などでは、医師の診察と指導が必要になることはあるでしょう。いずれにしても、先に述べた感染拡大を防止するためのしっかりとした予防策を講じることが前提となります。感染した人と接触する確率が高い環境、あるいは免疫機能が低下している状態では、感染リスクは高くなります。座りがちな人が、突然激しい長時間の運動を行えば、かえって免疫機能を低下させるので、運動のしかたにも注意が必要です(運動強度については後述)。
インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS)、あるいは現在中国で感染拡大が始まったCOVID-19に感染している人ではどうですか?こうした人でも運動してよいですか?
通常、軽度の上気道症状(例えば、鼻水、鼻づまり、軽度の咽頭痛)であるなら適度な運動は可能です。ただし、激しい喉の痛み、身体の痛み、息切れ、全身のだるさ、咳、発熱などの症状がある場合は、運動を控えなければなりません。そのような症状が出たら、直ちに受診して下さい。一般に、呼吸器系のウイルス感染から回復するには2〜3週間かかります。これは、免疫系がウイルスを排除する役割を担う細胞傷害性T細胞を産生するためにそれだけ時間がかかるからです。この期間が過ぎて症状が治まれば、定期的に運動を始めても問題はありません。それでも、最初はゆっくりとしたペースで徐々に行うとよいでしょう。
多くの研究が比較的長期の運動介入(8〜12週間)の影響を調べていますが、一回の運動でも免疫機能を高めることができるという報告もあります。はたして、運動はどれくらいのはやさで効果が現れるのですか?
1回の運動でも効果はあると思いますが、定期的な運動の方がはるかに大きな効果が得られるでしょう。ただし、分子や細胞レベルで起こる事象は、運動開始後、数秒から数分以内に起こっています。これが、座位時間について、あるいは、健康増進のためには不活動の中にどれくらいの頻度で身体活動を組み込むべきかについて、現在とても多くの研究が行われている理由です。運動とは、感染性であっても非感染性であっても、身体活動をともなう差し迫った危機に対して、免疫細胞を動員して備える「闘争か逃走か」のストレス反応を担うもの、と歴史的に考えられてきました。つまり、身体活動はけがや病気に直接繋がっていると捉えられ、人類進化の観点からも理にかなった考え方と言えます。
運動強度についてはどうでしょうか?多くの研究結果では、運動強度は適正に保つべきとされているようですが。一方、高強度の運動でも免疫機能に有害な影響はないという主張もあるようですが。免疫機能を向上させるという観点から、運動強度についてはどのように考えたらよいでしょうか?
日頃より長時間の高強度持久性競技に取り組んでいる極めて体力水準の高いアスリートと、座りがちな人々にとっての長時間の高強度運動とは、異なった結果になると思います。自然界で生じる感染では、多くの要因が関与します。実験をするとなれば、そうした要因をコントロールしなければなりません。人を対象とした研究でも、運動強度と感染症への曝露を規制することになりますが、倫理的にも安全性の観点からも、このような研究には限界があります。研究を開始する前に必要な倫理審査委員会の承認を得ることは、まず不可能でしょう。
ただし、動物モデルであれば、この問題にも重要なエビデンスが得られます。我々の実験結果でも、非活動的な動物に長時間の運動を無理に行わせると、感染症の罹患率や死亡率がむしろ増加しました。同様の研究結果は多くの研究で確かめられています。いずれにしても、人を含めすべての動物モデルにおいて、この問題に確固たる結論を導き出すには、種の違い、運動を課したときのストレス、病原体の種類、感染状況時の運動実施のタイミングなど、多くの要因の関与を考慮しなければならず、そこには自ずと限界があります。
免疫機能と運動の研究では、これまで、おもに有酸素運動に焦点が当てられてきましたが、最近では、レジスタンストレーニングあるいは太極拳やヨガなどの心身運動も注目されています。このような運動についての博士の見解をお聞かせ下さい。また、お勧めの運動はありますか?
現在、レジスタンストレーニングや高強度インターバルトレーニングの効果を検証した研究がいくつかみられます。しかし、まだ確固とした結論を出すには至っていないのではないか、というのが私の感想です。我々も、2007年に高齢者を対象に5か月間の太極拳/気功がインフルエンザワクチン接種に対する免疫応答にどのように影響を及ぼすかを検討しました。その結果、対照群と比較して、太極拳/気功の実施群では抗体反応の大きさと持続時間が有意に増加していました。結果の再現性については今後の課題ですが、ヨガの効果に関する最近のレビュー論文を見ても、ヨガもやはり炎症性疾患の予防に効果的だといいます。
最後に、この分野の研究を志す若い研究者のためにこれから取り組むべき課題をお示し下さい。
運動と免疫系の研究には著しい進歩がみられますが、それでもまだ多くのことはわかっていません。以下に示した課題は、ある程度のところはわかってきたのですが、ヒトを対象とする研究の限界もあって、未解明の課題の多いのが実情です。以下に示す研究課題は、この分野の研究が今後進展するための極めて重要なものと私は考えています。
これから取り組むべき研究課題
- 運動が免疫系のさまざまな機能に影響を与えるメカニズムは何か?
- 短期および長期の運動のしかたが免疫系の各機能にどのように影響するか?
- 運動は免疫系にエピジェネティック*な変化を引き起こすか?
- 運動によって生じた免疫機能の変化が健康増進に繋がるか?
- 運動は腸内微生物叢と腸管免疫にどのように影響するか?
- 様々な病態に対する最適な運動処方とは何か?
注
* エピジェネティックス;DNA配列は変化しないままDNAの性質が長期的に変化することがあり、その変化を「エピジェネティック」な変化と言い、その機構、あるいはそれについての研究分野を「エピジェネティックス」と言う。免疫学の分野でも注目され、さまざまな免疫細胞がエピジェネティックな遺伝子発現制御を受けていることが報告されている。
文献
Zhu W. (2020) Should, and how can, exercise be done during a coronavirus outbreak? An interview with Dr. Jeffrey A. Woods. J Sport Health Sci. 9 : 105–107