学会活動

ランニング・カフェ

第21話 もうひとつの心臓の話

山地啓司(初代ランニング学会会長)

夜中我々が寝ている間も心臓は休みなく働き続けている。正確には休みながら断続的に働いている。というのは、心電図にはPQRSTと符合が打たれているが、T波が終了してから次のP波が現れるまで(心臓が収縮を終えてから次に始めるまで)心臓は休んでいることになるからである。

ハーバード大学のW.キャノン博士は1分間70拍/分の場合には、心臓は1日当たり合計約15時間休んでいると推定している。この休息時間が長ければ長いほど1分間の心拍数が少なくなり、寿命が長くなる。例えば、からだの小さいハツカネズミの1分間の心拍数はおおよそ500拍/分であることから、休息時間は著しく短くなり、最長寿命は2~3年と短い。

それに対して、ゾウやクジラの心拍数は5~10拍/分と少ないため心臓の休息時間も長くなり、最長寿命も70~100年と長い。このように、心拍数が少ない動物ほどTP波間が長くなり、休息時間が長くなるため最長寿命も長い。従って、動物の種間では、1分間の心拍数と寿命とは反比例するという法則性が成り立つ。

かつて心臓学者の間では、「ヒトの生涯に打つ心臓の鼓動の回数(心拍数)はすべて等しく25億回が与えられている」、とまことしやかに語られていた。これが事実と仮定して単純計算すると、1分間の心拍数が50拍、60拍、70拍、80拍の者の寿命はそれぞれ95歳、79歳、68歳、59歳となる。仮に、定期的に運動することによって心臓が肥大化し、1回の収縮で心臓から送り出される血液量が多くなると、当然心拍数は少なくなる。従って、寿命は長くなる。

例えば、1日150拍/分の強度の運動を1時間することによって、心拍数が70拍/分のものが60拍/分に低下したと仮定すると、トレーニング前の1日の心拍数は100,800拍/分(70拍/分×60分×24時間)であったものが、トレーニング後は91,800拍/分(60拍/分×60分×23時間+150拍/分×60分)となる。

すなわち、例え1日1時間の運動中の心拍数は高まっても、安静時の心拍数が減少するため、1日のトータルの心拍数は約8,200拍/分少なくなる。従って、運動によって安静時の心拍数が10拍/分少なくなり、寿命が約6.7年長くなることになる。この計算は仮説に仮説を重ねた後、心拍数から割り出したヒトの推定寿命である。勿論、寿命は心臓だけで決まるわけではないのでこんな単純な計算が成り立つ訳がないが、動物の種間の心拍数と寿命との比例関係が同一の種のヒトに限定しても当てはまると考えると、このような計算になるという仮説である。

では、心拍数は何によって決定されるのであろうか。われらの中学時代には教材が乏しく、鮮明な解剖図もなかった。そのため先生は、生徒各自にカエルを学校に持参させ、カエルを解剖しながら筋肉や内臓器官について説明していた。その時先生は、心臓に繋がっているすべての神経や血管を切り心臓だけを取出し、手のひらに載せた心臓を見せながら、「心臓はなぜ動き続けるのですか」と、さらに続けて「リンゲル液に浸し栄養を与え続けるとこの心臓いつまで動き続けるのでしょう」と聞いた。

その印象は強烈で、子ども心に“なぜ?どうして?”と不思議に思った。(ちなみに他の内臓器官は、神経や血管を切りその臓器だけを取り出すと動きが停止する)。長じて、心臓の右心房の上大静脈と下大静脈が入り込む丁度その中間部あたりに洞(房)結節があり、その洞結節から定期的に電気信号(インパルス)が出されることによって心臓が動き続けることが判った。(洞結節は約1万個の細胞によって形成されている。)

さらに、洞結節の活動を意図的に停止させても心臓は動き続ける。それは心臓の4つの室(右心房、右心室、左心房、左心室)が交わる当たりにある房室結節が働き始め、洞結節に代わって定期的にインパルスを出し続けるからである。(ただし、心拍数は10~15拍/分低下する)。この二つの結節から出るインパルスには優先順位が存在する。すなわち、洞結節が機能している間は、決して房室結節からインパルスを出すことはないが、洞結節が何らかの理由で機能しなくなるとそれに取って代わって房室結節がインパルスを出し始める。心臓が持つ妙技である。

そのことが房室結節の発見を遅らせ、洞結節の発見に後れること10数年して発見された。(房室結節の発見は日本の田原淳博士が最初に発見したものの、欧文の論文作成に手間取り、タッチの差でKeithとFlack(1906)が発見第一人者となっている。著者の恩師の猪飼道夫先生はそのためにも英語を勉強しなければならない、と語っていた)。

いずれにしろ “心臓自身が心臓を動かしている”この特殊な現象は、他の臓器には見られず“心臓の自動能”と名づけられている。そして、運動による心臓肥大や組織から心臓への血液潅流量の増加が洞結節に作用し、自律神経を介して心拍数を調整している。