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第28話 アベレージランナーの『年齢とマラソンの記録』ー老いも若きも、マラソンは楽しいー

伊藤静夫 (ランニング学会会長)

本コラムの前号では、ランニング学会前会長の豊岡示朗先生がマラソンの記録を予測する方法について書かれた。めざすマラソンレースで、どの程度実力が発揮できるかをあらかじめ知る。この予測ができれば、レースでのペース設定やトレーニングの強度管理などに役立ち、また何よりレースへ向けて大いに励みにもなるだろう。

さて、著者は本年度からランニング学会会長を豊岡先生から引き継ぐことになった。今回、本コラムを担当するにあたり、それでは豊岡先生の前回テーマに少々関連付けて書いてみようと思い立った次第である。そこで選んだテーマが「年齢とマラソンの記録」、年齢からマラソンの記録が予測できるか、という意図である。

さて、前回はランナーの身体資質や走能力からその時のマラソンの実力をできるだけ精度高く予測することに主眼が置かれていた。今回、年齢からの記録予測となれば、かなり大まかな予測にならざるを得ないだろう。年齢の割に元気な人も早く老け込む人もいて、加齢によるパフォーマンスへの影響は人それぞれだからである。

人は年相応に老い、体の諸機能も衰える。筋力や持久力など、体力も二十歳前後をピークに年とともに徐々に低下することはすでによく知られる。スポーツのパフォーマンスも同様である。そうしたなかでマラソンの記録だけは、どうも少々異なる推移を見せることが最近の研究で指摘されるようになった。それは、あたかも人類とランニングの本質的な関わりを示唆するようでもあり、そのあたりの事情を本コラムで紹介してみたい。

老いも若きもタイムは変わらない

クリストファー・マクドゥーガル著『BORN TO RUN 走るために生まれた』(NHK出版)に進化人類学のブランブル博士が著者のマクドゥーガルにマラソンと年齢について語る箇所があるので、以下に要約して紹介する。

ブランブル博士は次のような謎かけをした。
「2004年ニューヨークシティマラソンの結果を調べ、年齢別にタイムを比較したところ、19歳を振り出しに、ランナーたちは毎年速くなり、27歳でピークに達する。27歳をすぎると、タイムは落ちはじめる。さて、ここで問題 - 19歳のときと同じスピードに戻るのは何歳のときか?」
オーケー。27歳で自己ベストに達するまでに8年、同じペースで8年かけて遅くなるとしたら、36歳。だが、引っかけがあるだろう。「おそらく一度獲得したスピードはなかなか同じようには落ちていかないでしょう」と私(マクドゥーガル)は判断した。「40 …」と言いかけたところで、ブランブルの顔に笑いが浮かぶのが見え、「5」と急いで言い足した。
「45でしょうか」
「はずれ」
「50?」
「いやいや」
「55はありえない」と私。
「そのとおり」とブランブルが言った。「ありえない。答えは64です」
「とすると、45歳の差がある。10代のランナーが3倍の年齢の人に勝てないと言うのですか?」
「たまげるでしょう?」ブランブルも同じ意見だった。「64歳が19歳と互角に渡り合う競技をほかに挙げてみてください。水泳?ボクシング?接戦にもならない。われわれ人間にはじつに不思議なところがあります。持久走が得意なばかりか、きわめて長期間にわたって得意でいられる。われわれは走るためにつくられた機械――そして、その機械は疲れを知らないのです」

「本当かな?」と思われる読者も多いに違いない。著者も同様であった。

実際、これまでのマラソン選手のピーク年齢は20代の後半から30代の前半とされ、多くの世界記録はこの年齢域で樹立されている。その後、30歳代後半から、マラソンの記録は年齢とともにほぼ直線的に低減すると理解されてきた。これまでにも、そうした結果を報告した論文はおおくみられる。そして、一般の大衆ランナーも大幅な記録の差こそあれエリートランナー同様、加齢による記録の低減傾向は同じような経緯をたどるものと解釈されていただろう。

アベレージランナーに注目してみると

ところが、年齢とマラソンの記録との関係は、エリートランナーと大衆ランナーでは少々おもむきが異なる。上記のブランブル博士の説明において、対象のことは明確に語られていないが、前後の文脈から大衆ランナーのことだと推測できる。

今日、大都市マラソンが盛んになり、多くの人がマラソンを走るようになった。同時に、こうした大衆ランナーのデータも集積されている。そうした多量のデータは、新たな事実を語り始める。ブランブル博士が語った現象も、その一つである。これまで、年代別の記録をとるなら、年代別優勝タイムなどエリート記録だけに注目してきた。それが、近年ではこうした多量データの集積と相まって、平均値や中央値(対象群の中で、真ん中の順位に相当する人の成績)にも関心を寄せるようになった。本コラムでも、年代別のベスト記録ではなく、ゴールしたランナー全体の平均値あるいは中央値に着目する。また、平均値なり中央値を記録したランナーをここでは特に『アベレージランナー』と呼ぶことにする。

さて、ここではアベレージランナーの年齢とマラソンの記録を論じた代表的な最近の論文4篇を紹介する。それぞれ、ドイツ、スウェーデン、日本、アメリカの4カ国のレースを扱っている。

1)ドイツ(GER); 2002〜2009年にドイツで開催された135のマラソンレース、110のハーフマラソンレースに参加した60万人以上の記録についての年代別中央値を解析 (Leyk D et al,2010)。

2)スウェーデン(SWE);1979〜2014年に開催されたストックホルムマラソンに参加した男性ランナー312,342人の年代別平均値を解析 (Lehto N,2016)。

3)日本(JPN); 2013、2014年の「つくば」、2014年の「いぶすき菜の花」、「泉州国際」の4レースで完走した709人の男性ランナーについて年代別平均値を解析 (森寿仁ら,2016)。

4)アメリカ(USA); 2001〜2016年に開催されたボストン、ニューヨーク、シカゴの3大マラソン参加者の年代別中央値を解析 (Zavorsky GS et al,2017)。

これらの論文から、アベレージランナーの年齢とマラソン記録についてグラフにしたものが下図である。

図の傾向は、大量のデータから得られた結果であり、自ずと収斂されたものになるだろう。それでも、国やレースによってアベレージランナーの記録に差が見られる。ランナーの特性、コースや気候など環境の違い、データ集計方法の違いなど、その原因は多様である。例えばアメリカの例では(図には示されていないが)、年代別ベスト記録はボストン、ニューヨーク、シカゴの3レースで差はない。ところが、アベレージランナーでは、ボストンが他の2レースより明らかに速く、48〜50秒もの差がつく。その原因ははっきりしていて、ボストンには参加標準記録が設定されているからである。また、図の日本の例も興味深い。20歳代のアベレージランナーの記録はおよそ4時間半であるが、60歳代の記録はおよそ3時間50分とサブ4を達成し、20歳代より30分以上も速いのである。おそらく、日本の3レースに参加した高齢者ランナーには健脚が多く揃い、一方若年層ランナーには初心者ランナーが多かったのかもしれない。

ともかく、中高年ランナーは元気で、ブランブル博士の説明が決して大げさでないことはこの図からもよくわかる。確かに、20歳代から40歳代まで、記録はほぼ横ばいであり、加齢による記録の低下が始まるのはようやく50歳を過ぎた頃からである。20歳代から50歳代まで、アベレージランナーのマラソン記録はほとんど変わらない。またドイツのデータでみると(Leyk D et al,2010)、20〜54歳代の半数のランナーがゴールしたとき、65〜69歳代の1/4の高齢ランナーもすでにゴールしているという。老若男女のランナーが年齢にかかわらず互角にマラソンを楽しんでいる。ブランブル博士が言うように、このようなスポーツは他に例がないだろう。

元気な高齢者ランナーのイメージは、長年にわたりトレーニングを継続し、日々精進を重ねる姿を思い浮かべる。もちろん、そうしたランナーも少なくないだろう。しかしながら、今回紹介したアベレージランナーたちは、決して特別な人たちではないことがわかってくる。やはりドイツの研究例では、13,171人のランナーに対してアンケート調査を実施している(Leyk D et al,2010)。その結果によると、平均的なトレーニング内容は週3回、1時間程度のもので20〜69歳までの範囲で年齢による差は見られない。さらに、50〜69歳の高齢ランナーの1/4は5年以内にトレーニングをはじめた初心者ランナーであった。

図
図 アベレージランナーの年齢とマラソンの記録との関係

GER; 2002〜2009年、ドイツ135のマラソンレース完走者の年代別中央値 (Leyk D et al,2010)

SWE; 1979〜2014年、ストックホルムマラソン男子完走者の年齢別平均値 (Lehto N,2016)

JPN; 2013、2014年「つくば」、2014年の「いぶすき菜の花」、「泉州国際」の4レース男子完走者の年齢別平均値 (森寿仁ら,2016)

USA; 2001〜2016年、ボストン、ニューヨーク、シカゴ3大マラソン完走者の年代別中央値 (Zavorsky GS et al,2017)

アベレージランナーのBorn To Run

マラソンは、若者にとっても高齢者にとっても、決して敷居の高いスポーツではないようだ。いつ始めてもよい。ゆっくり走ればよいのである。

そもそも、人類250万年の進化史において、農耕、牧畜が始まったのはこのわずか1万年前、残り249万年間は狩猟採集生活だった。したがって人類の体の基本設計は狩猟採集に適合するようにできている。そして、狩猟方法の基本は暑いサバンナをひたすらゆっくり長く走り、獲物を追い詰める持久狩猟であったと言われる。つまり、ゆっくり長く走ることこそ、今でも我々ホモ・サピエンスのライフスタイルの基本中の基本なのである。Born To Runと言われるゆえんである。

そう考えると、中高年ランナーが元気なのも、さして不思議なことではないだろう。便利この上ない都市生活がすっかり定着した今日、ごく平凡なただの人々が、たのまれもしないのに、好き好んで42kmをただ走る。そうした人たちは年々増え、単に物好きな、特異な集団と片づけられない規模に達している。その動機は何だろう。「人類の基本設計への回帰がいざなう」、アベレージランナーのデータがそのように語りかけているように思えてならない。

年齢からマラソンの記録を予測する

最後に、付け足しのようになってしまったが、年齢からマラソンの記録予測式についても触れておこう。

【二次回帰式による予測】

森らは、年齢からマラソンの記録を予測する式で、二次式が最も良く当てはまることを証明した(森寿仁ら,2016)。次の2論文で具体的な式が紹介されている。

1)ストックホルム・マラソン (Lehto N,2016)

  • ●年齢別ベストタイムの予測
    • マラソンの記録=195 - 3.6×(年齢) + 0.053×(年齢)2
  • ●年齢別アベレージタイムの予測
    • マラソンの記録=285 − 2.9×(年齢) + 0.042×(年齢)2

2)日本の3マラソン (森寿仁ら,2016)

  • ●年齢別アベレージタイムの予測
    • マラソンの記録=413 - 7.3×(年齢) + 0.07×(年齢)2

【直線回帰式による予測】

マラソン記録は、エリートランナーなら30歳代前半まで、アベレージランナーなら40代後半まで年齢の影響を受けず、それ以降加齢とともに直線的に低下することから、その年齢域での記録低下を次式で予測する。

3)アメリカ3大マラソン (Zavorsky GS et al,2017)

  • ●年齢別ベストタイムの予測【35〜74歳の範囲】
    • マラソンの記録=2.31×(年齢) - 25.14×(性別) + 68.49
  • ●年齢別アベレージタイムの予測【50〜74歳の範囲】
    • マラソンの記録=46.96×(レース) + 2.81×(年齢) - 29.77×(性別) + 57.18
    • (性別:男=1,女=0、レース:ボストン=1,シカゴ・ニューヨーク=2)

【年代別マラソン記録の目安】

本コラムでみてきたように、年齢がマラソンの記録へ与える影響は思いの外少ない。したがって、所期の意図から外れてしまうようではあるが、年齢からマラソンの記録を予測することに積極的な意味はないと言わなければならない。それでも、本コラムで紹介した諸データから、アベレージランナーについて年代別マラソン記録の目安を、やや強引ではあるが表にまとめてみた。参考にして頂ければ幸いである。

表 アベレージランナーの年代別マラソン記録の目安
年齢(歳) 男子 女子
20〜49 4時間00分 4時間30分
50〜54 4時間15分 4時間45分
55〜59 4時間30分 5時間00分
60〜64 4時間45分 5時間15分
65〜69 5時間00分 5時間30分
70〜74 5時間15分 5時間45分
75〜80 5時間30分 6時間00分

文 献

Lehto N (2016) Effects of age on marathon finishing time among male amateur runners in Stockholm Marathon. 1979-2014 J.Sports and Health Science 5:349-54

Leyk D R et al (2010) Physical performance in middle age and old age: good news for our sedentary and aging society. Dtsch Arztebl Int. 107 : 809-16

森 寿仁, ら (2016) 市民マラソンの成績を推定する上でどのような回帰式が妥当か? : 年齢、体格、経験、練習量を指標として. ランニング学研究. 27 : 11-20

Zavorsky GS, Tomko KA, Smoliga JM (2017) Declines in marathon performance: Sex differences in elite and recreational athletes. PLoS One. 12 : e0172121