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ランニング・カフェ

第33話 モニタリング・トレーニング

山地啓司(初代ランニング学会会長)

“トレーニングする”とは、からだに刺激を与え、疲労し、回復するサイクルの中でからだの適応を促すことである。刺激が適切だと効果的な適応が期待でき、不十分だと適応が遅滞し、刺激が強すぎるとけがを誘発し、回復が遅いと慢性的疲労となりオーバートレーニングになる。この刺激・疲労・回復のサイクルの中で心身の適応状態を把握し、そこに存在する問題点を認識し、その問題点を解決するために行う監視的行為をモニタリングと言う。特に、スポーツに限定する場合には日々あるいは定期的に集積されたデータをトレーニングに反映する目的で行うので、モニタリング・トレーニング(monitoring training)と言う。

適切なモニタリングを行うためには日々集積されるデータが正確なものでなければならない。そのため、自己が記録する場合と他己が記録する場合がある。一般に前者は日々の個人のトレーニング内容を記録・集積し、後者はチームとしてのトレーニング計画や実際の実施内容について記録・集積する。さらに、大会やタイムトライアルなどの記録を収集する。また、1年に2回心身の定期的測定を実施し、そのデータの集積・管理を行う。また同時に、評価・反省のために統計的処理(データ解析)をチーム全体もしくは個々人単位で行い、今年度に実施されたトレーニング内容とその結果を評価・反省した結果を次期のトレーニング計画に生かさなければならない。スケートの小平選手を大学入学時から指導している信州大学の結城教授はモニタリングの基本姿勢を、「選手については他己評価を重んじ、コーチングについては自己評価する」と述べた。それは、トレーニングの結果は選手や第三者(協会関係者やマスコミ)が評価し、その結果・評価を踏まえてコーチングの在り方(内容や方向性)を自らが評価した結果を次のシーズンに向け反映すると解釈した。世界のスポーツ界ではモニタリングは不可欠なものになっている。しかし、その手法はスポーツ種目によって異なる。

オーストラリアとニュージーランドの各種スポーツチームの優れた指導者(100名)を対象にしたモニタリングの実態に関するアンケートがTaylor et al(2012)によって報告されている。その回収率が55%であったことから、恐らく55%の指導者が何らかの形でモニタリングを行っていると考えられる。モニタリングの第1の目的は、①けがの予防:29%、②効果的なトレーニングプログラム作成:27% ③オーバートレーニングの防止:22%、④オン・シーズンを通してパフォーマンスの成績を確かなものにする:22%、であった。すなわち、①と③は安全性の確保、②と④はトレーニングプログラムの作成と実施内容の評価、であった。そして、回答者の70%がトレーニング強度(刺激)や疲労・回復の状態の把握に視点を置き、強度のみと答えた者は20%、疲労・回復のみは10%であった。その他、モニタリングに要する時間は1週間0~4時間が70%、4時間以上が30%いた。さらに、データ解析に1週間1~6時間が75%、6時間以上が20%であった。 疲労のモニタリングを自己質問紙法で行い、さらに、パフォーマンステストを実施した者は61%に達し、その項目はジャンプ力:54%、スポーツ特性に応じたパフォーマンステスト:20%、筋力テスト:16%、最大下の自転車エルゴメーターやトレッドミルを用いたテスト:14%、スプリントなど:6%、であった。また、これらのテストは週単位:33%、月単位:30%、その他の頻度: 36%、で行っていた。このアンケートの対象者は個人種目と団体種目の指導者が混在しているが、世界のトップをねらう選手やチームは少なくとも半数以上がモニタリング・トレーニングを実施し、モニタリングを肯定的に考えている。

日々行うモニタリングの項目は、①心拍数(運動の強度)、②GPS(運動の時間と距離)、③RPE(主観的運動強度)、④POMS、などが一般的であるが、オーバートレーニングの恐れがある場合には心拍の周波数分析が行われる。

また、定期的に行う心技体のテスト項目はスポーツ種目によって異なる。項目を選ぶ時にはそのスポーツのパフォーマンスを決定する要素や関連する項目を選択・実施しなければならない。最近では共通的測定項目として、視覚に訴えることができる高速度カメラやビデオを用いた動作分析が、試合ごとあるいは必要に応じて実施されている。さらに、専門の運動様式に近い形での運動、例えば、長距離ランナーであればトレッドミル走の断続的漸増負荷法を用いたVO2maxや% VO2max、ランニングの経済性(vVO2)、それらの能力の総合した指標であるvLTが測定されなければならない。

測定された結果が十分生かされないのは、①継続して定期的に測定されない、②いつも同じ条件(試合に出る感じで体調を整える)で測定されない、③測定データを基に指導者(選手を加えることもある)と測定者の相互の意見交換が十分なされないためである。すなわち、定期的に心身の変化を測定する意義の重要性が理解されていないからである。

定期的に測定すると見えなかったものが見えるようになり、説明できなかったことが説明できるようになる。もはやスポーツ科学は経験や感性の後追い的存在ではなく共存するものである。応用できるものは応用し、利用できるものは利用する、前向きの姿勢が大切である。と同時に、研究者は如何に実践の場で科学的成果が利用できるかを説明する責任があるように思える。

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