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ランニング・カフェ

第31話 最大酸素摂取量を測って50年

山地啓司(初代ランニング学会会長)

筆者が大学院に進学した時から今年で50年が経過した。進学して最初に先輩から教わったことは最大酸素摂取量(VO2max)の測り方である。当時は労研式ガス分析からショランダー式ガス分析への移行期にあった。実験が終わってから一人でショランダーを振りながら、酸素と二酸化炭素が順に吸収剤に吸収されて行くのを観ていると、先人の研究者がいかに素晴らしかったかに感歎し、不思議に満たされた気持ちになった。それから20年後には今日の全自動代謝分析器が開発され、実験が終了すると同時に実験データが印刷される時代になった。

筆者はこの50年間に延べ3,000~4,000人のVO2maxを測ってきた。(今年もすでに約70名を測った。)これほど多人数を測ると、例えば、トレッドミル上を走るフォームからおおよそのVO2maxを推定することができる。それだけでなくグランドで見えなかったランニングフォームの長所や短所が見えてくる。なぜなら、グランドで走るのと異なってトレッドミル上では足元のベルトが動くため、脚筋力の不足や身体のアンバランスな走り方の者は身体動揺が大きく、exhaustion(限界・疲労困憊)近くになると蛇行してくる。それは、足の裏の面積が体表面積の約1%にすぎないため、疲れてくると身体動揺が顕著になるからである。

Exhaustionに近づくにつれ脚の動きが不安定になると、転倒やベルトを踏み外す危険性が高まってくる。動いているトレッドミルに飛び乗ったり飛び降りた者が宙に舞う光景を観てきた筆者にとって一番緊張する時である。強い選手(5,000mを≤14:20)には、例えば、スピードを1分ごとに10m/分ずつ漸増的に高めていくと酸素摂取量(VO2)に定常状態が現れてからexhaustionに達するまでに1~2回スピードを上げられる選手がいる。このような選手の動脈血酸素飽和度(SaO2)は80%近くまで低下する(例えば、非競技者ではどんなに頑張っても92%以下にはならない)(Williams et al,1986)。しかも、身体の動揺もそれほど大きくならない。すなわち、このような選手は脚やコア筋が強く、アネロビック能力と酸素負債の耐性力に優れているのであろう。

最近のVO2maxの測定は乳酸も合わせて測定することから、テストのプロトコールとして断続的漸増負荷法が採用される。この手法は持久性の能力を決定する三大要素、すなわち、①エネルギーの出力の大きさ(VO2max)、②出力されたエネルギーを効率よく消費する能力であるランニングの経済性(RE)、および、③大気中の酸素を取り込む量と消費する酸素の量とのバランスが崩れる最高のランニングスピードである乳酸性閾値(vLT)を知ることができる。また、vLTはマラソンを走る際のランニングスピードの指標でもある。

最大作業テストを1度行うだけでは選手個人の潜在能力を予知することだけに限定される。体力測定の本来の意義は定期的(トラックシーズン前と終了時の年2回)に測定することによって、これまで行ってきたトレーニングの成果を確かめ、次期シーズンのトレーニングの方針を見定める資料にすることである。例えば、インターバルなどのハイスピードのトレーニングが不足している時にはVO2maxは低下する(約±5%変動がある)。また、疲労気味やコンディションが不調の時はランニングの経済性(RE)や乳酸性閾値が発現した時のランニングスピード(vLT)に特徴的な変化が現れる。

測定されたデータからトレーニング内容を評価するためには、前回の測定値と今回の測定値が比較に耐え得る正確なものでなければならない。測定機器やプロトコールが同じ状態で測定されても(測定誤差は2%以内)、被験者側に問題があると測定誤差は大きくなる。被験者側の誤差は、例えば、測定2~3日前の疲労が十分回復していない場合や測定当日の午前中に普段のトレーニングを行った後、午後から体力測定に来た場合などである。それはランニングの経済性の低下として現れる。沢木順大名誉教授が「体力測定の際にはレースに出る時と同じように調整しなさい」と言ったのが名言である。正確に測定されたデータが比較の精度を高め、真の体力がみえてくる。

VO2maxはハイスピードのインターバルやレペティション(90% VO2max以上)などのトレーニング、ランニングの経済性はvLTの長時間の持久走やペース走(60~80% VO2max)などのトレーニング、vLTは緩急をつけたファートレック、ビルドアップ走、短い加速走(40~100% VO2max)などのトレーニングによってより向上する。従って、体力テストの結果からどんなトレーニングを行ってきたか、あるいは、記録が伸びたのはどんな能力の改善によるかをある程度占うことができる。

これらの評価を可能にするのは正確な測定による正確なデータでなければならない。さらに、評価をより確かなものにするためには日頃のトレーニング内容等を記したモニタリングトレーニングが不可欠である。次回はモニタリングトレーニングについて述べる。

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