学会活動

ランニング・カフェ

第52話 最大酸素摂取量の常識・非常識

山地啓司(初代ランニング学会会長)

1.最大酸素摂取量の相対値の常識・非常識(望ましい相対値)


英国のAV. Hillは最大酸素摂取量(VO2max)を比較・評価する際、体重1kg当たりのVO2max(ml/kg/min)を用いた。それから1世紀が経過しようとしているが、この間研究者の多くがその妥当性について議論してきた。なぜなら、VO2maxを加減乗除(足したり引いたり、掛けたり割ったり)する時には、その意味が十分検証されなければならないからである。例えば、VO2maxを体重1kg当たりの相対値で求める場合には、①VO2maxは体重の増加に比例する、②ヒトの体は均質な組織で構成されている、という2つの基本原則が満たされていなければならない。この原則に従ってもう一度原点に還ってその妥当性を検証してみよう。

仮説1:VO2maxは体重の増加に比例して高まる

この仮説は必ずしも完全ではない。なぜなら、子どもの発育発達からみると、体重が増加しても、VO2maxは必ずしもそれに比例して高まらないからである。第二次成長期を過ぎると体重の増加に比してVO2maxの増加率は鈍化する。そのため成人の体重1kg当たりのVO2max(ml/kg/min)を子どものVO2max(ml/kg/min)と比較すると、成人の値を低く見積もる。母集団の発育年齢幅が小さい時には体重差が小さいのでVO2max(ml/kg/min)の個体差は小さいが、年齢幅が広がるにつれ体重差が大きくなりVO2max(ml/kg/min)の個体差が大きくなる。

時々保護者や教師から「小学生高学年の児童で、体重1kg当たりのVO2maxが70~75ml/kg/minであるが、今から専門的に長距離選手を目指してトレーニングするとエリート選手になれますか?」と質問される。VO2maxは長距離走の記録決定の重要な要素であるが、子どもの体重1kg当たりのVO2maxは体重の増加に伴って増加し続けるとは限らないことから、必ずしもVO2max(ml/kg/min)だけでは評価できない。トレーニングによるVO2maxの伸び率は最高約20~30%であるので、この児童のVO2maxが順調に伸びると仮定すると84~98ml/kg/minとなる。しかし、これは到達には難しい数値である。なぜなら、第2成長期を経ると体脂肪量や筋肉量が増加し始めるので、相対値は低下するからである。

仮説2:身体は均質な組織で構成されている

からだは筋肉、骨、脂肪、神経、血管、内臓など実に多くの異なった組織で形成されていることから、単純に体重1kg当たりで除すわけにはいかない。なぜなら、体内の筋肉量は体重の約40%を占め、運動中に消費されるVO2の約50~80%が筋肉で使われるからである。従って、相対値としてのVO2maxは体内の筋肉量の1kg当たりの相対値で比較するのが理想である。しかし、体内の筋肉量を正確に定量するには放射線を使用しなければならず、放射線を用いることには難題が多く、測定者や被験者の心理的抵抗感も大きい。またわが国では測定機器が高価で、筋肉当たりの相対値の測定は汎用性に欠ける。

次に大きい組織は皮下脂肪(10~30%)である。しかも、運動中直接エネルギー源にはならない不活性であることから、走る際には重りとなり走る経済性が低下する。その他の体内の骨や内臓器官などを定量することは難しい。そこで、個人差が著しい皮下脂肪を体重から差し引いた除脂肪体重1kg当りのVO2max(ml/kgLBM/min)が望ましくなる。幸い、1970年に始まった国際生物学事業計画(IBP)で国際的にVO2maxを比較する際に用いた相対値がVO2max(ml/kgLBM/min)であったことから、その後の生理学的研究で同じ相対値が採用された。

しかし、最近生理学の学会誌ではVO2max(ml/kgLBM/min)の使用がめっきり減少し、それに代わって欧米ではBMI(体重/身長2)が用いられるようになってきている。総体的にみると体重1kg当たりのVO2max(ml/kg/min)を用いた論文が圧倒的に多い。すなわち、正確性よりも利便性や簡便性が重視されるようになったと言える。

理想のVO2max(ml/min)の相対値はVO2max(ml/min)と体重が正比例するべき指数を統計的に求めるべきであるが、その場合は母集団によってべき指数が異なるため相互の比較ができなくなる。べき指数とは、例えば、Xをa乗した数をXaと書くがその時のaを指す。すなわち、体重1kg当たりのVO2max(ml/kg/min)はaを1.0とみなしている。これに対して、ドイツのRubner(1873)は動物の安静代謝率を比較する際には、動物の体表面積の2/3乗に比例することから体重の2/3乗(理論値)を、また米国のKleiber(1932)はマウス(21g)から牛(600㎏)までの26種類の動物では代謝量が体重の3/4乗に比例する(経験値)とみなしている。生物界では、体重の2/3乗あるいは体重の3/4乗が採用されている。

筆者らのヒトを対象にしたVO2maxでは母集団の特性によって異なるものの、その多くが2/3乗と3/4乗のべき指数の間に多く分布することを認めている。

2.最大酸素摂取量の測定値の常識・非常識


1)測定前の測定器の校正

測定者は、体力測定する前に使用するすべての機器が正確な値を記録するか否かを校正(calibration)しなければならない。現在ではVO2max の測定には全自動代謝測定器を使用している。現在ではVO2max の測定には全自動代謝測定器が使われているが、呼気ガスのO2とCO2濃度の測定では、測定する前に、ボンベに封入された高精度のO2とCO2ガス(基準値)を測定器に注入して、測定器がチェックされる。また、測定器に内蔵されているセンサーで、被検ガスの流量、温度と気圧の変動をとらえ、温度、気圧、湿度(乾燥状態)を基準値(STPD)に補正して、呼気ガス量(肺換気量)が測定される。かつては、室温と気圧を測定し、ボイルとシャルルの法則の簡便式から補正係数を求めて肺換気量を補正していたが、現代では測定者が測定器の精度を確かめることが難しく、肺換気量は正確な値が代謝測定器に自動で記録されているものと信じるしか術がない。

2)VO2maxの測定方法の違いによる誤差

他民族との混血が少ない日本人はVO2maxの測定には主にフェイスマスクを使う。これに対して欧米人は歴史的に多民族との混血であることから顔かたちに差がある。そのため顔にフィットしたフェイスマスクを造ることが困難なことからVO2maxを測定する際には主にマウスピースを使っている。フェイスマスクとマウスピースを使った時の違いは、前者が口呼吸と鼻呼吸を後者が口呼吸だけを使う点である。

VO2max測定時にマスクを使うかマウスピースを使うかの違いは肺換気量(VE)の大小に表れ、それはまたVO2maxに影響する。例えば、マスク(口+鼻呼吸、口呼吸のみ、鼻呼吸のみ、医療用マスク)とマウスピースを用いた時のVO2maxの比較したものが図1である。例えば、マスク(口+鼻呼吸)でのVO2max(3.73±0.2L/min)を100%とすると、マウスピースのVO2max(3.55±0.3L/min)は95.2%になり、マウスピースが約5%小さくなる。これまでの報告では欧米人、東アフリカ人、日本人の長距離走のトップ選手のVO2max相対値は80~85 ml/kg/minとほとんど差がないとみなされてきたが、欧米人やケニア人のVO2maxは日本人よりも約5%大きいと考えられる。

従って、国際的にVO2maxを比較する場合には測定方法の違いを考慮して評価しなければならない。

3)VO2maxは変動する

VO2maxを測定する際に被検者に求める条件は最大努力することである。最大努力をしたか否かの判定はプラトー現象、心拍数、血中乳酸濃度、主観的強度、呼吸交換率の5項目の中3/5以上の条件を満たすことである。それでも誤差が生じるが、その誤差の原因が追究されている。Katch et al (1982)によると、その誤差は科学技術的誤差(機械的誤差+理論的誤差)と被検者の生物学的誤差の平均誤差は5.6%(変動係数は2.3~6.5%)であり、この平均誤差の約93%が生物学的誤差で、科学技術的誤差はわずか7.3%であった、と報告している。そこで筆者はその事実を確かめるために、測定環境(時間、気温、標高、プロトコール)を一定にして、9名の長距離選手を対象に同じ曜日・時間、同じプロトコールでVO2maxを各8~13回ずつ測定した。その結果、平均誤差は4.2~8.3%、変動係数は4.1~8.6%となり(山地たち、2000)、Katch et al(1982)の誤差に比べ約2%高い傾向を示した。当時山地たち(2000)が使用していたオランダ製の全自動代謝測定器の仕様では流速計の誤差範囲は±4.0%、プログラム上から生じる誤差範囲は±2.0%とあり、これらの誤差がどの程度影響したかはわからない。すなわち、約10回のVO2maxの測定誤差は個人の変動係数が2~8%であると言える。

図1