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第39話 ナイキの新しいシューズ(NP)の優位性

山地啓司(初代ランニング学会会長)

シューズメーカーのナイキが最近開発したロード用のシューズ(Nike prototype: NP)が世界の長距離・マラソン選手から高い評価を得ている。わが国でも、2019年の箱根駅伝では出場選手の約40%が着用。先の東京マラソンでは、エリートランナーの約60%がこのナイキのシューズ(NP)を履いていたと報じられている。

2017年にナイキが主催し、イタリア・モンツァのF1コース(1周4.2㎞)で行われた “Breaking 2(マラソンで2時間突破)”のイベントで、リオ五輪金メダリストのエリウド・キプチョゲ(ケニア)が2:00:25の夢の記録を樹立。この時に履いていたのがナイキのNPシューズであったことから、世界のランナーの注目を集めた。

2018年のベルリン・マラソンでは、キプチョゲがNPシューズを履いて25kmから独走し、2:01:39の世界記録を樹立したことでナイキのNPシューズの優位性が再び実証されることになった。

世界のシューズメーカーはこれまで、ロード用のシューズ開発では①シューズの質量(重さ)②クッショニング(緩衝作用)③ベンディング(弾力性)の3つの要素でしのぎを削ってきた。ナイキの新しいシューズは従来のシューズよりかかと(heal)部分が約10ミリ、フォアフット(forefoot)部分が約7ミリ厚くなり、31ミリと21ミリになったところに特徴がある。

シューズの中敷は3層になっている(図1)。上層部と下層部のフォームは「ポリエステル・ブロックアミド」と呼ばれる特殊な合成樹脂で、この2つのフォームに挟まれた薄くて硬いカーボンファイバー・プレートがシューズの骨格となっている(図1)。

Hoogkamer et al(2018A)や Barnes and Kilding(2018)は、ナイキのNPシューズが従来のナイキのシューズ(NZM)やライバル社のアディダスのシューズ(ADI)に比べ、シューズ1kg当たりで消費されるエネルギー量(W/kg)が約4%少ないことを明らかにした。

Hoogkamer et al(2018B)はさらに、バイオメカニクス的にNPシューズが高い弾力性を生み出す要因を調べた。その結果、着地の衝撃を和らげるために変形したフォームが元に戻る際、真中のプレートの硬さ(stiffness)がベースとなって強い反発力を生み出すことを明らかにした。

硬いカーボンファイバー・プレートはシューズの中で足関節や中足指関節の動き(ぶれ)を小さくし、蓄積された機械的エネルギーを放出する際に走の推進力を高める方向に力を集結することを可能にした。弾力性に富むフォームとそれを支える硬いプレートの相乗的効果が、強力なバネ効果を生みだしている。

換言すれば、ナイキのNPシューズはこれまでのシューズに比べ、自然な動きの中でストライドを延ばすことでランニングの経済性を高めることが明らかになった。

世界の男子マラソンの記録変遷は「2時間突破」をひとつの到達点と考えると、指数関数的に2時間に近づくのが一般的傾向のはずである。壁に近づくにつれ記録の改善率が低下するため、同じタイムを短縮するのにより時間が必要になる。しかし、世界記録はここ10~15年間で秒単位ではあっても小刻みに短い期間に更新され、伸び率のグラフは逆に急峻なカーブを描いている(図2)。

この間の世界記録樹立はベルリン・マラソンにほぼ限定されている。記録更新はすべてケニアとエチオピアの選手によって成し遂げられており、欧米化によって彼らのトレーニング方法が改善された影響が大きいと考えられる。キプチョゲは一気に1分18秒も記録を短縮し、世界記録は2時間1分台に突入した。大幅なこの記録短縮については、ナイキのシューズ開発が要因のひとつと見られている。

世界のシューズメーカーの開発競争は今後さらに激化することが予想される。ランナーの体力や技術の高まりだけでなく、用具や施設(コース)など外因性要素の開発・工夫が進んでおり、「2時間の壁」突破の可能性は一段と高まってきている。

図1
図2